プリバジのカレーはトマトベースっぽくて、オイリーながらも、スパイスとパクチーらしき葉っぱの香りがさわやかでした。そこに揚げパンをつけるともうとまらない!
で、その後、パキスタン料理店のハビビフライドチキンで夕食をテイクアウトしました(温めるために器を移した状態)。左に写っているチキンビリヤニは量もすごいんですが、塩気と辛さが絶妙でとてもおいしい。骨付きチキン(でかい)をほぐしながら食べると最高でした。右はこのお店オリジナルと思しきハビビチキンで、こちらはスパイスたっぷりのローストチキンという感じでした。ごはんにあいそう(2回目)。
Posts by 渦巻栗
気分をあげるべく、こないだまたまた西葛西に行っていたのでした。
まずインド食料品店のTMVS Foodsでインド製カップヌードルを買うなどしたのち、いつものインドのストリートフードのお店「Oh バイヤ!」でお昼をテイクアウトしました。左奥がマサラ餃子、右奥がアルーパラタ(じゃがいもをなかに詰めた全粒粉の薄焼きパン)、手前ふたつがプリバジ(じゃがいものカレーと全粒粉の揚げパンのセット)です。
マサラ餃子はエビチリを辛くしたような味つけかな。肉類は使われておらず、餡には春雨らしきものが入っていました。ごはんにあいそう。
アルーパラタは全粒粉の香りとじゃがいものほくほく感がおいしかったです。→
と言うわけで、ラファティのオリジナル短篇集『ラファティの満漢全席』(仮)がとりあえず完成。売り込みに失敗したら…クラファンとか?
ロナルド・フレイザーの長篇『Jupiter in the Chair』(Jonathan Cape, 1958)を半分ちょいまで読み進めました。
金星四部作の第二部で、今回は金星人だけでなく、太陽系のほかの惑星に住む存在(?)も登場しますが、いまのところ木星人と土星人はまだ出てきていませんね。相変わらず奇想天外です。
こないだ届いていたのでした
ジャンルとジャンルのすき間に挟まっているような感じの作品ですが、これはこれでけっこうおもしろい……と訳者は思っておりまする。
5月の文学フリマ東京で頒布されるクラシックミステリ研究同人誌『Re-ClaM Vol.16』に、ぼくが訳したH・R・ウェイクフィールドの短篇が収録されております。超自然要素もちょろっとあるミステリです。
何卒よろしくお願いいたします。
c.bunfree.net/c/tokyo42/4F...
というわけで、『仮面ライダーBLACK』の最終話を観たのでした。シャドームーンが最後に光太郎の名を呼んでこと切れる場面が切なかった。サタンサーベルを託したようにも解釈できるあたりがまたいいですね。
怪人やライダーのデザインといい、ストーリーといい、すべてが高い水準でまとまっているシリーズでした。
youtu.be/gYfLMfs7dCM?...
英国の作家ロナルド・フレイザーによる長篇『A Visit from Venus』(Jonathan Cape, 1958)を読みました。
よかった。
金星四部作の第一部で、金星人との接触を描いた幻想小説です。
感想はnoteに置いておきます。
note.com/driftingvort...
で、洋書はロナルド・フレイザーの『A Visit from Venus』(Jonathan Cape, 1958)というオカルト長篇を読んでいますが、これがまたおもしろいのでした(感想とかはそのうち投稿します)。この方の作品を読むのはやや久々ですが、やっぱり好きだなと改めて思ったり。
小説のほうは、湖畔に建つ地図の工房(?)を訪れると、そこにはふしぎな先客がいて……という感じのあらすじ。掌篇のようですが、スコープの写真といっしょに味わいながら読むと想像をかき立てられるので、分量をはるかに超える広がりが感じられました。
長野まゆみ(文)&桑原弘明(作品)『湖畔地図製作社』(国書刊行会)を読み終わりました。
よかった。
金属箱のなかにミニチュアの風景を収めた「スコープ」というのぞき箱的芸術作品の写真に長野まゆみ氏の幻想的な小説を付した一冊。スコープは洋館らしき建物の一室や廃墟、庭園を題材にしているものが多いかな。なじみのある品の思いがけない組みあわせがシュールレアリスムっぽい効果を生んでいたり、ひとがいないのになにものかがいそうな雰囲気が漂っていたり、幻想文学の愛読者がよろこびそうな要素もいろいろありますね。→
ブラックウッドによる子ども向け短篇を収録した同人誌『ブラックウッド童話集成2 水の遊戯』ですが、近日中(今月の中旬以降)にちょろっと再販する予定です。詳細はまた改めてお知らせします。
現代日本のホラー小説と現代よりちょっと前のホラー小説を紹介する同人誌『現代日本ホラー小説ブックガイド』、表紙デザインを微調整するとともに、本文最終チェックを始めました。
最終的には本文は488ページ、紹介冊数は360冊になりそうです。かなり厚くなる予定で、たぶん本の厚みは2.5センチぐらいになると思います。
近年の国産ホラー小説をメインに、前世紀の作品をちょっと、戦前の作品もほんの少し、といった感じのガイドです。
売りとしては、同一作家の作品を複数紹介しているところと、かなりマイナーな作家の作品も取り上げているところでしょうか。
前に『幻想と怪奇12』(新紀元社)でエレノア・スコットの短篇を訳したんですが、一説によると、彼女はN・デネットという筆名でも怪奇小説を書いていたのだとか。で、そのひとつに「Unburied Bane」というのがあり、これに着想を得て、英国のThe Heartwood Instituteというアーティストが同名の曲を制作した……ということをマーク・ヴァレンタインさんが書いていたのでした。聴いてみると、たしかに不気味な雰囲気をうまく表現していますね。
この曲はbandcampで鑑賞・購入できます。
theheartwoodinstitute.bandcamp.com/album/unburi...
荒俣宏さまより、『文明怪化奇談』(角川書店)をご恵贈いただきました。誠にありがとうございます。
荒俣先生による怪奇小説集です(「怪」に掲載されていた作品を全面的に加筆修正したものとのこと)。本の説明を読んでいるだけでもわくわくしてしまいますね。
www.kadokawa.co.jp/product/3212...
アルジャナン・ブラックウッドの幻想長篇『The Extra Day』(Macmillan, 1915)を再読したのでした。
感想はnoteに置いておきます。
note.com/driftingvort...
ワダパウは辛くなさそうに見えるけど、実はなかにグリーンチャトニらしきものが塗ってあったりしてけっこう辛い。でも癖になる味でした。
ちょっと前ですが、また西葛西にあるインドのストリートフードのお店「Oh!バイヤ」に行っていたのでした。
左奥がワダパウ(じゃがいもの揚げ団子を挟んだサンドイッチ)、右奥がカチョリー(香辛料で味付けした具を入れた揚げパン)、手前がチョーレーバトゥーレー(精白した小麦粉の揚げパンとひよこ豆カレーのセット)です。
わりとオイリーなんですが、香辛料や野菜の使い方が巧みなので、まったくしつこくなく、ばくばくと食べまくったのでした。ぜんぶおいしかった!!
渦巻栗さん(@uzumakikuri.bsky.social) が翻訳なさった、
アルジャナン・ブラックウッド「夢に侵入」
がセブンで印刷できるのは今日までですよ〜!
(私もギリギリ間に合った!)
「セブンイレブンの印刷機で予約番号D2A6AMCUを入力し、用紙をA4に設定+右綴じ小冊子で印刷すると本になります(全19ページ/本文15ページ/印刷代200円)」(訳者投稿より)
でござんす。
印刷していただきありがとうございます!!
かくしてマーク・ヴァレンタイン&ジョン・ハワード『The Collected Connoisseur』(Tartarus Press, 2019)を読了しました。
とてもよかった。
感想は長めなのでnoteに置いておきます。
note.com/driftingvort...
奇妙な頂華がきっかけとなって、大規模なオカルト的策略(宇宙的といってもいい)が明らかになるという話で、これまでの〈鑑定家〉ものと比べると展開がかなりダイナミックでした。ただ、〈鑑定家〉の友人たちが集結するものの、あまり活躍しておらず、壮大なアイデアに対して話がやや短いような気もしました。中篇で読んでみたい(わがまま)。
マーク・ヴァレンタイン&ジョン・ハワード「The Descent of the Fire」(2003)を読みました。
〈鑑定家〉もの。
彼のもとに頂華(尖塔などのてっぺんに施す装飾)の研究家マレットがやってくる。彼女いわく、ハイ・モーテンという村に行ったとき、とある喫茶店に見たことのないかたちをした頂華がついていたのだが、なぜか近くでは見せてもらえなかった。
また別の日、喫茶店の前を通りかかると、頂華が異様な光に包まれていて……。
『幻想と怪奇』note018:古典再訪〔5〕アーサー・マッケン「パンの大神」
更新しました。御一読いただければ幸いに存じます。文末には近刊予告もあります。(M)
note.com/fancy_lion71...
そして短篇集を一冊訳し終わったのでした。
これらの小説は怪談話。こういう背景は、起きる事件や出現する幽霊とは、直接の関係はない。だが、市井のこういう人たちが、不思議な経験をしたり怖い思いをしたりするのを、20世紀初頭のイギリスの読者は自分たちの身近な人の経験談として、怖がったり面白がったりしたのだろう。
怪奇小説もまずは「小説」。これはM・R・ジェイムズやE・F・ベンスンを読んでも感じること。怪奇幻想の楽しみはこういうところにもある。
事実めかしているから怖い、というのでは、怪奇も幻想も「事実」に負けている、ということになるんじゃないか。
一昨日から翻訳に戻る。100年ほど前ということでも、さまざまな社会階層の人を描いた短編集であることも、ジャック・ロンドンと共通する。だが、今回はイギリス。まずは会社員の話だが、下宿住まいでも居間と寝室があり、それでいて「狭苦しい」とぼやくのを、100年後の日本人として受け止め、その狭さを訳文で伝えなくては仕事として面白くない。
続いては、落魄したブルジョアの話。破産した鉱山主夫妻が、裕福な頃の生活を変えられず、友人を頼って暮らすさまが、苦いユーモアと共に語られている。こういう感覚も実感できないが、面白いところなのでちゃんと伝えないとな。
小説は「本筋」や「ネタ」だけではないことを再認識する。
正確でない記述があったので改めて投稿……