獄は2匹の獣の間に言を置いた会意文字でして、言い争い、すなわち訴訟を表します。たぶん左の犭が被告で右の犬が原告です(裁判官視点)
Posts by matakimika
犬猫阿骨打(ワンニャンアグダ)。
ゲーム動画用に著作権フリー BGM ないかにゃーと思って探していて「わるくないかなー」と思ったけど「でもこれ SUNO で作ったような曲とメッチャ雰囲気似てるー」てなって、制作スタッフが実在する人間かどうかを調べようとして余計な時間を使ってしまった。
ドクター、カウ、The Eight
ハリウッド版ズッコケ一人組
おれもまあエイヤっと気分が変わらないので、突然スクっと立ち上がっては非常にゆっくりと腰を下ろしなおして 15 分ほどなにもしない、を繰り返している(かなり病みでは?)。
同じ日本語話者同士でもまったく話が噛み合わない or 最初から言葉を向けてる相手が違う(集団 A を傷つける言葉は集団 A にでなく B へ向けられている)みたいなかんじでバラバラなので、翻訳されたところで変わんないか。いや変わらないということはなく、より陰惨になるだけか…。
そういやー排外主義のひとって自分の post が自動翻訳されて世界にパブられるのってどんなかんじなんだろ、やっぱ自分のわるくちがちゃんと傷つけたい相手に届いて愉悦?興奮?
神に会ったら神をナデナデ、仏に会ったら仏をヨシヨシ。
クルファテージ、レグネシェート、ラクレトーリア(ときどきふと思い出す知らない言語)。
「イヤなら見なきゃいいのに」にかんしては「好きなことだけやってりゃ満足できるなんて、単純な人生でうらやましいです」だ。
Amazon ビデオでなろうアニメ「異世界のんびり農家」二期がはじまって見ており、スローライフ系なろうで、そして本当にのんびりしていて、それ自体とくにわるいかんじはしないはずなのだが、えもいわれぬ不快さがある。なんだろうねこれ。「表裏一体としての無知と寛容」「自分に思想がないと思っていられるくらい自分の思想に無自覚」みたいな現実の合せ鏡を、都合よく思想に合わせて「なにごともないかんじ」にまとめているかんじが気色悪いのだろうか。
たしかに著作権は必要だと思う一方、著作権が強すぎる(?)のは問題だと思っているので(人類が加速するためにアクセルもブレーキも必要だがどっちも反応がよすぎると運転しにくい)、海賊版みたいな穴が空いちゃう状況自体は、そーゆーもんだよなあと思ってもいる。けどインターネットでファン同士が著作権で論破ーみたいなのはそれと関係ねえ話だな。
年寄りになると、朝のウンコが数回に分けて出る。
揺れてるの知らずにまちづくりしてた。
うーん。いらねー。ゲームとしてなら是非ってかんじかなー。
きみたちは欲しくないというのか?あのサラサラした愉悦の入力体験が…。
おれはフリック入力がすごい好きではあったんだけど、いまや当たり前になってしまいパッションが刺激されない。やはりここはグラフィティ入力に回帰するときでは? Who wants a stylus? おれだ。おれだよ。
「90 年代前半の地方サブカルはアニオタを馬鹿にしていたが(←個人の体験です)00 年代には彼らも当たり前のようにアニメを見るようになっていた(←そのことをおれは「いやー一旦馬鹿にした以上は死ぬまで馬鹿にしろや、ぬけぬけと落ちぶれてんじゃねえ」とメッチャ馬鹿にしていた)」みたいな時の流れを感じるぜ…。
あとフリーレンと魔法協会の長のエルフが使う「人類」が時々揺れてる気がするのが引っ掛かったけど、聞き間違いだったかもしれない。「千年前エルフは自分を人類にカウントしていなかったが、今はカウントしている」みたいなかんじかなあ?(あと「人類」は広義の人類で「人間」が狭義の人類みたいな使い分けしてるのかもしれない)。
奥さんが「おちつく」というのでまたフリーレンみてるけどやはり魔法試験編は若干引っかかるなー。ただべつに悪いことではないのかもしれない。ようは「人殺しを厭わないゼ〜みたいなキャラちょいちょい出てきて実際その流れになるものの結局主要キャラ同士の殺し合いにはならない(ただし彼らや魔獣に殺されてるモブはそこそこ居ることが描かれたり言及される)」あたりの湯加減。
だってそれ一人でやってる二人芝居みたいなもんで、「ない対立の結果逸れてったウソの話、みたいなことじゃねえの」てかんじで…。
おれはとにかく「ジャンルというのは滅んでいいんだよ」論者なので、ジャンル衰退論者に都合のいい理屈を見かけると反射的に対立しようとしてしまう癖がついてるなー。
「インタビューや鼎談が多い雑誌は情報密度が薄い、ライターや編集者が仕事サボってるから買う価値なし(でもインタビューや鼎談だからメッチャ読みやすくはある)」みたいな話だな。
この、本当は全部一人でやっているのに二人芝居であるていにしていることによるウソの齟齬の取り繕いや、存在しない意思対立などの、なんか本筋(ゲームの攻略)と関係ないはずのウソの辻褄合わせにエピソードが引っ張られて駆動していくかんじが、たぶんこのての動画好きなひとにとっては魅力なのだろうし、もともとない問題がこじれて「話が逸れていく」部分に話芸的なエスプリがありそうなんだが、でもべつにそりゃあくまで素人がやってることなんで、まあそんな高尚なもんではなく、食いやすさや、ジャンル衰退論オタとかが好みがちな「敷居の低さ」に繋がってんだろうなーというかんじ…。
一人で遊んでいるゲームの実況を、架空の二人が「ゲームとしてでなく(ゲーム世界の住人として)実際に」やっている、みたいな体裁で動画にまとめてるやつがかなりあって、その形式を「実況」と呼ぶのって実際の状況(一人で遊んでいる)ではないうえにライブ配信でもないし、それ自体なんかヘンな気もするのだが、でも「この架空の二人による彼らの世界における実況、という創作」の約束としての用語なのではあろうし、実況という言葉に元々「リアルタイムで」という意味は含まれてなかったのかもしれないしわからん。
スタンダップ的なひとり漫談も得意だった立川談志は牧野周一とかの漫談には否定的で、漫談は落語に勝てない、ネタがあるからマクラがおもしろいのでネタがない漫談だけではつまらないみたいに言って柳家三亀松と喧嘩になっていたが(うろおぼえ)、たぶん相方とかネタのような参照項がないひとりしゃべりだけだと間が持たないんだよな。それが日本語というか日本文化の特性なのかなんなのかはよくわからないけど。
最近出たシュオップの「黄金仮面の王」を読んでいるが、冒頭「地上の大火」の出だしがいきなりいいな。「これまで世界を導いてきた信仰が最後の力を振り絞ったが、ついに立て直すことはできなかった。新たな預言者が登場しては無為に消えていった。人の意思の謎は無理矢理解き明かされたが、それも無意味だった。もうそれは重要ではなかったのだ。意思というものものが世界からなくなりかけていたのだから。」 リベラルな戦後秩序が壊れつつある今読むと味わい深い
amzn.to/4ckwSip
フフフ…
あれ、なんか唐辛子供給がわるいみたいで現在生産中止になってます…。