9人ライダーが勢揃いするまでのオムニバス編は最高に面白いが、それ以降があまりに間延びしている『仮面ライダーSPIRITS』と、7人の怨身忍者が勢揃いするまでのオムニバス編は最高に面白いが、それ以降が存在しない『衛府の七忍』を、足して2で割ればちょうどよくなる…なんて冗談を言っていたが、足して2で割っても間延びする計算になってしまうぜ
Posts by かめいた
気づいたら、『仮面ライダーSPIRITS』をちゃんと読んだ範囲が全体の1/3にも満たなくなってしまっていた(『新』の一巻までは読んでたはずだ) 3巻までは何度も何度も読み返したのだが、読む気力を奮い立たせる自信がない
「伝言」、編集部と作家がコミュニケーションを取れてないのを邪推してしまう言葉選び
まず具体名を出すと、春泥先生はご家族友人医療などに頼って自分を癒すことに専念してほしい、BL論はおろか励ましすら重いだろうからとにかく繭に籠もってほしい。
で、春泥先生の声明で男女論BL論作者へのプロファイルなど、TLをスレッドにしたい層はいまは止めろ、人間は2ちゃんのスレッドじゃない、それは「今」すぐ話さないといけないことか、芦原妃名子先生の件を忘れたの!?
作者の姿勢とかBLとタブーとか、絶対数カ月おいてからでも話せるでしょ。以上、強い言葉で書きました。
だからこそ、あれをそのまま出してしまう編集部のガバナンスの方が心配になる案件なんですよね・・
「蒸着せよ!ギャバン」は意外とけっこうJ.Aシーザーかもしれない
絶対!(絶対・絶対・絶対…)
運命!(運命・運命・運命…)
黙示録!
もしくくしもしもくくもしギャバン!
もしくくしもしもくくもしギャバン!
もしくっくっしっしもくっくっし
もーしっくーくっしっもギャバン!
(チャージ!!)
少女革命ギャバン
とか
仮面ライダーウテナ
とか
のこと考えてる
個人的にはもうひとつふたつ楽しみきれてないのだが、こんなリッチなツクリのアニメが、作品外で変な騒動を呼びまくった呪われた作品になったら悲しすぎる〜…という気分
2021年、ストーリー上何の変哲もない場面でいきなりBL漫画誌での連載を終了した『ガンバレ中村くん』が、2025年に一般WEB媒体で『ゆる〜くガンバレ』と冠してイラスト・番外編での連載を再開したのは、アニメ版(本来2025年放送を予定していた)との連動を狙ってのものだろうと推察するし、「アニメ大人気!先生も発奮して原作ストーリーも再始動!」というのが理想の未来だったろうが、そんな未来は確実に来ない状況になってしまった
「先生がまた続き描いてくれたらいいな」以前に「先生が自傷しないといいな」「断筆しないといいな」が危ぶまれている
そしてTwitter上では「BLをやってるくせに女性キャラの性的搾取描写は避けろなんて、BL無罪の腐ェミめ」などと、いつもの男女論界隈から別方面の炎上が始まってしまっているようだ 本当に、誇張表現でなく、先生死ぬんじゃないか!?
私は「原作はギャグタッチがやや強く、ゲイ少年の葛藤を真面目に見るにはちょっとまんがすぎるところがあるが、ありがちなマイクロアグレッションや高校生らしい下品さをギャグの流れで自然に描けている長所もある」「アニメはもちろん笑いがベースながら、ゲイ少年の葛藤にシンミリさせようという狙いがより強く出ているが、背筋を正して誠実に描こうという意気込みのあまりか、等身大の苦しみや欲望にリアルに共感したい場面まで、描写が安全で潔癖になりすぎてる感がある」という感触なので、アニメは原作の下品さを廃してます宣言があまりうれしくない
『ガンバレ!中村くん!!』作者・春泥先生が、劇中の乙切先生と広瀬くんのロマンス風の描写に関して声明を出していた
x.com/heros_1101/s...
教師と高校生のロマンスに萌えるなんてお前はペドフィリアだ…と罵倒されたのが相当堪えたろうことは、憔悴宣言アカ消し騒動からも推し量れるし同情するばかりだが、「でもこういう風に描くことには意義があったんだ」のような自己弁護がほとんどない、へりくだり、原作や自身の過去の活動を下げてでも謝り倒す声明も、投げやりに幕引きを急いでいるようでなんだか痛々しい
中日が負けすぎて頭がおかしくなった中日ファンが「だいいち、今年の燃えよドラゴンズの歌詞が悪い。なんやねん4番細川オーロラゴーゴーって」とキレ散らかしていたが、歌詞変わるの?…と思ったら、これは今年のチームの応援歌じゃなくて、OBの名前を歌うファン向けのレジェンド版みたいなやつなんだ
🐲中日ドラゴンズ 創設90周年記念曲 🐲
「燃えよドラゴンズ!90th Anniversary天青の竜たちよ」
歌唱担当は【甲本ヒロト】⚾️🎤
natalie.mu/music/news/669139
「僕はもともと野球を見る少年ではありませんでした。どこの球団のファンでもなかったです。だけど……」
ナオトが横断歩道で困っているおばあさんを助けて警察から賞状をもらった。ヒーローみたいだとユカに茶化されてまんざらでもないナオト。それに嫉妬したタケシは「人助けなんか偽善さ、誰もそんなことできないようにしてやる」と、警察のコンピューターに裂刀怪獣バギラを送り込むと、街で人助けをしようとする人に次々暴走車が突っ込んでくるように!カーンデジファーのしわざだ!急げナオト、グリッドマン!
仮面ライダーゼッツの、夢の中で怪人が暴れると現実でも奇妙なありえないことが起きる「ブラックケース」、たいていの回で「うーん、情報によるとブラックケースが起きているようだ。急いで夢で戦おう!」程度の扱いで登場人物が何ら関与しないから流されているが、『電光超人グリッドマン』のハッキング描写くらいメチャクチャをやっている気がする
バク&ゼロとねむ&レディとで並行して「我が子の意向を無視して勝手な夢を見る親」を描くのはけっこう決まっているが、「ナイトメアに取り憑かれたゼロがバクの夢を見ていたから、バクが現実で人助けをしようとするたびありえない不幸に苛まれるブラックケースが起きていた」というロジックに「なるほど!」と思える人はいるのか
『仮面ライダーゼッツ』について、「ミナミがバクをどう裏切っていたのかが曖昧で、バクの怒りや動揺が伝わりづらいドラマがまずいだけだとは思いますが、十数年一緒に暮らしてきた妹のことを、実は血が繋がってなかったってだけで、それじゃ赤の他人じゃないか…と悩んでるみたいで、結末こそ血の繋がりなくとも兄妹愛を見出すハッピーエンドでも、なんだか血縁至上主義の裏返しみたいな格好になっちゃいましたね」と先週話していたら、今週から「実はゼロはバクの父親だった!」の血縁ドラマが始まって気まずい
「リベラル」というより「反自民」と言ったほうが適切なケースは多いと思う 立民は「リベラル(平和主義)」政党ではなく「反自民」政党だったのに、平和主義だが自民との関係が深い公明と結んでしまったから中道は崩壊した、みたいな
これはずっと、なんならこのまえもポストしたけど、日本のSNSのうっすらと曖昧な「リベラル」って思想ではなく「右(曖昧な定義)はダメ」というクラスタの総称で、リベラルや右の定義がバラバラだからもう政治マップで使えないんでねえの、がある。
私は「本物のクリプトン星人が『スーパーマン』を読んだらこのくらい恥ずかしい気持ちになるんだろうな」と思った
ケモナーのフォロイーが、「自分が人間性愛者を"ヒトナー"と呼ぶのは、"ケモナー"という言葉が、マジョリティの人間性愛者からマイノリティを区別するための言葉であることに、ささやかな反撃の態度を表明するためだ。動物より人間のほうを愛すべきなんて、ある集団内でたまたまマジョリティだった側の見解にすぎないと相対化するためだ。その自分がどうして、擬人化した動物にひたすら人間中心主義を語らせる漫画を好きになれよう」とねちねち怒っていたのが印象に残っている
『のだめカンタービレ』とかもそうでしたね
いまなら『スキップとローファー』とか、男性読者も大勢いる少女漫画の傑作はずっと生まれ続けてる、でもその傑作から読者がジャンルに定着してるケハイがいまいちない…みたいな状況に答えを出すひとつの仮説が、「売れた少女漫画は『少女漫画の枠を超えた作品』扱いされてしまう」問題なのでしょう
2010年前後の少女漫画は割と男性も楽しめるみたいな盛り上がりがあったような気がする 「君に届け」とか「ちはやふる」とか「となりの怪物くん」とか「青空エール」とか 大学とかバイト先でも彼女に借りて読んでるとかお姉ちゃんが少女漫画好きで自分も読むようになったみたいな人はいたな まぁ多数派ではないだろうけど
2010年代になって、同様に大流行に対する反動的な嘲笑を受けた"なろう小説"なんかは、「確かにこのジャンルはジャンクだ、でもそれがどうした」とファンが冷ややかな視線を跳ね返すだけの活気を不動のものにしたが、少女漫画は(少なくともWEBの「漫画読み」空間では)反動嘲笑を跳ね返せなかったのでは
少女漫画自体を「やたら目が大きくて思い込みが激しい女が、自己中心的に振る舞ってるだけで美男にちやほやされる類の漫画」とややミソジニックに軽んじて見る向きはずっとあったと思いますが、2000年代、新條まゆ先生の『覇王愛人』(「ちょろいもんだぜ」で有名)などのセックス・エクスプロイテーションもの少女漫画をイジる流行や、少女漫画原作実写映画の濫造がそれを加速させたかな…という感覚があります ケータイ小説ブームなど、女性向けのジャンクなフィクションが一気に台頭した時代に、「いま女が楽しんでるものってこんなにくだらないんだぜ」と囃し立てたいミソジニストも反動的に出てきたというか
昔のオタクはそこそこ少女漫画も嗜んでいたし、それ故に気持ち悪がられていた面もあると思うんだけど、何で最近の「オタク」は少女漫画を劣ったものとしてみなす傾向があるんだろうな。少女漫画が商業的に苦戦していることは事実だと思うのだけど、それは必ずしも作品の質の問題ではないと思っている。
少年漫画が女性読者も取り込んでいった一方で、少女漫画は男性読者の取り込みが出来なかったのではないか、というのもあるような気はするけど、これも作品の問題と言うより男性読者が少女漫画的な価値観や問題意識を共有できなかった(これは特に男性読者を責めているわけではない)ということにすぎないのではないか。
そういやれいわ新選組って今回デモ参加してないの?と思ったら、幽霊秘書問題もあり、大石党代表からは「れいわ新選組は今は山本太郎が活動休止になって党の蘇生の作業で最低限の出力しかできない。」とのこと
このまま消滅していくんかねえ れいわが弱まると参政党が強まりそうなのだが
これは本当にそう、反対世論の声の大きさをアピールするのだから、大同小異・総論賛成でまとまらなければ…と思うのだが、本来デモの群衆の大声である程度かき消えていた「なんかだいぶ極端だったりうかつなやつ」の声が、SNSで一個の主張としてハッキリ伝わっちゃう、しかもそればっかり拡散されて一際大きな声みたいになっちゃう、という中で、「ああいう奴いるなら参加したくねえな」と思わないようにするのは結構気合がいるのではないかとも思う
数万人が津々浦々から集まった左翼的運動の参加者に過剰に自身とのスタイルの一致を求める人はずいぶん繊細だなと思う。人生のパートナー選びをしているわけじゃないんだから。万国の労働者に団結しろと最初に言ったやつもたぶんそんな精緻なことは求めていなかっただろうし、素性では噛み合わない人たちを特定の目的に集約するためにこそ「団結」や「連帯」という言葉が用いられているはずだ