映画における人死にシーンは作りものだとわかってるけど(昔の映画はガチ死体出てくる映画もあるものの)、動物が死ぬシーンはワンチャン実際に殺してないか不安になるというのはある。昨今は多分あんまりないけど古めの映画だと本当に殺してたりするし。
まあそういうシーンが含まれるからといって視聴を辞めたり低評価をつけたりするわけではないけど、該当シーンは「うお…この動物は本当に大丈夫なやつですか」的なノイズが一瞬走りはする。
Posts by トシキくん
でもAIでものを作ってる層も生身の人間からの反応がほしくてやってるのだろうと思うので(多分)、それこそがAIだけでは完結できない理由な気はする。
AIで作ったものをAIに見られてAIに賞賛される世界は虚無感強いし。
「しかし、あなたはAIがないと作品ひとつ作り出せないわけです。それは他のアーティストとの大きな違いではありませんか」
「そうかもしれませんが、どんな優れた飛行技術をもった戦闘機乗りも戦闘機がなくてはただの人と変わりないではありませんか。楽器を奪われた演奏家は真価を発揮できると思いますか?画家にだって同じことが言えます。われわれにとってAIは自らの才能を体現するための道具というわけです」
「むむ、なんだか不毛な気分になってきたぞ」
「AIを使わない方は勘違いされますが、AIといっても一言でぽんと傑作を出してくるわけではありませんからね。玉石混交どころかほとんどは作品にも及ばないものばかりですよ。それらを見極めて、より精度の高い作品へと昇華させていく必要があるわけです。つまりわれわれの立場は編集者に近いでしょうか。だとしても、こうして栄誉ある賞を受賞するまでになるわけですから、審美眼という意味でいえば我々だって立派なアーティスト的観点を備えていると言えるとは思いませんか」
「はあ、なるほど。おっしゃる意味はわかりますが」
こういう会話が出てくる(予想)
キッズの頃の家の本棚、新潮文庫コーナーか?というくらい星新一ばかりだったので、彼のショートショート作品はほとんど読んだと思うけど、こういうときにパッと思い出せないのでマジで瞬間的な娯楽として消費し過ぎていたのを感じる。
アシモフの黒後家蜘蛛の会もハマりかけたけど星新一と同じ読み方してしまいそうで二巻で手を引いた。
小説にせよ絵にせよ音楽にせよ、才能のある人間を発掘するのが目的であるから全部AIになってしまうと主目的とズレるなと思うけど(そうなると審美眼の問題になってるくるのかも)、それはそうとして星新一賞で四分の三AI作品が受賞というのは星新一感強くてちょっと面白いのもある。
「見分けられないなら人間が書いてもAIが書いても同じではありませんか」
「ははあ、なるほど。それは痛いところをつかれましたな」
(審査員も読者もAIになるオチか?)
異常【アノマリー】をぼちぼち読んでるんだけど、登場人物の多さに息切れしている。
群像劇ものは好きだけどそろそろ彼らの物語が繋がっていくフェーズに入らないか!?まだ人増える感じ!?と思いながら読んでる。
あと私が好きなSF……『華氏451度』『アルジャーノンに花束を』『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』『ストーカー』『闇の左手』『虐殺器官』『火星年代記』他劉慈欣短編集……王道どころ……『旅のラゴス』とかも結構好きだったな。
でもPHMや三体と傾向が近いかというとうーん。あと作者が男性の古典SF、まあまあの確率で妻帯者の男(もしくは独身中年)が若い女性とのアバンチュールを嗜む描写が入りがちである。
『新世界より』も好きだけど、これは私アニメ版が好きすぎた弊害で原作小説よりアニメ版を推してしまいがち。
『星を継ぐもの』は読んだことあります!
『ガニメデの優しい巨人』『巨人たちの星』までは読了済み。
『巨人たちの星』が宇宙ベースの戦争ものっぽくなっていたことと、あと真相解明辺りで読んでいて微妙に居心地が悪かったのもあり、続編はまだ読めていない……。
このシリーズはやはり一作目の『星を継ぐもの』が一番好みだなと思った次第。
光のSF色が強いPHMと比較して三体は闇のSFと評されることがまあまああるけど、劉慈欣作品は割と「人類は一つの事象に対して一丸となれる」「人類はいつの日か人間性と理性を以てして核廃絶の道を選ぶことができる」的な思想があるのでこちらもだいぶ光寄りだと感じる。ただ同じくらい「人類は幾度も間違える」「どんな命も文明も必ず終わりを迎える」的な諸行無常精神があるだけで……。
伊藤計劃作品は読んでて人間を嫌いそうになるので闇のSFはこっちのイメージ。
フィクション作品で悪役サイド側の存在を極端に醜い容姿で描く作風自体がまあもともとものすごく好きってわけでもないけど、実録エッセイ系でこれやってる作者ほんまに信用ならんと常々と思ってる。
引き続きスローペースなのでようやく四枚溜まった!
読んでてしんどい箇所ばっかりだけど、ナサニエルやっぱり自分自身で自分が間違っていたことに気付いて認められるの立派だと思うよ。
#バーティミアス #ファンアート #イラスト #bartimaeus
SFは好きだけど、宇宙や自然に対してあまりにもちっぽけな人類が科学によって泥臭い努力を積み重ねて足掻いていく様や未知への探求が好きなだけなので、宇宙や近未来を舞台にしてるだけで実質ただの戦争ものになってそうな作品は手を出すまでに時間がかかる。
読んでみたら全然そんなことはなかったりするんだけどね。
PHMと三体読んだ後に読む面白いSF、私自身も探し続けてるけどなかなか難しくない……?他のどのSF作品も面白いし好きな作品もいっぱいあるけどこの二つから得られるようなドラマ性とボリュームと満足感を内包してる作品あんまりない気がするぞ……。
銀河英雄伝説とかファウンデーションとかの長編作品読まないとないのかなと思いつつ手が出ずにいる。
原作ラストでロッキーが流暢に喋ったとき微妙にショックだったので、私自身が、グレースより小さくてたどたどしい言葉遣いのロッキーに無邪気な幼さを投影してしまっていたことに気付かされた当時。我々人類視点でそう見えるだけで彼は一人前の、それも故郷の危機を救うために選び抜かれた二十三人のうちのエリートなんだよな……。
だからファーストコンタクトという重大なタイミングで不用意にグレースを驚かせたりメジャーで自分をぐるぐる巻きにしたり相手の船の中を無作法に転がり回ったりはしないのではないか(諸説)
プロジェクト・ヘイル・メアリーの原作は『記憶喪失の主人公が見知らぬ部屋で目を覚まし、そばには二体の遺体がある』というところから始まり、そこから持ち得る知識と知恵を使って「自分は何者なのか?」「ここはどこなのか?」「どうしてここにいるのか?」と記憶をたぐっていく、という展開なので、なるべくまっさらな状態で読んだ方が読み進める推進力が強くなるぶん原作既読勢は「原作読むならネタバレ避けて」と言うんだけど、映画はこのへん予告編で全部言ってしまってるので映画だけ観た勢は「なにがそんなにネタバレ厳禁なの?」状態に陥る溝が発生している(した)
プロジェクト・ヘイル・メアリーの映画観てきた!
映画単体としてみたら映像美もすごくて音楽も良くてテンポ良く良脚色と思うところもありかなり満足したけど、でもパーフェクトすぎる原作と比べてしまうと物申したい箇所が地味に多いという位置付けで帰宅。
一番気になったの序盤のロッキーの描写が動物的すぎるというか子どもっぽすぎる点かも。彼は優れた技術力と知性を兼ね備えたプロフェッショナルなのに、かわいいと思わせるためだろうなという描写が若干鼻についた(うるせえファン)
電子書籍を読むのは習慣化してるけど紙本はやはり積んでしまいがちで、紙本で買った本の遅々とした進捗具合たるや。
なにか読みたい欲はあるけど次なに読もうかなあ。
引き続き小林泰三作品読んでもいい気するし、逆に小林泰三作品ばっかり読んでたので違うのも読みたい気もするし、勧められた本を読んでもいい気もするし、情緒めちゃくちゃにされるような本を探したくもあるし。
😘❤️
『密室・殺人(小林泰三)』の四里川さんに大分やられたけど大分やられたぶんラストさあ。予感はしてたけどね。
本当にお疲れーー!!感想見てめっちゃわかるーーーーと頷いてました。
スーダンは四章までのほのぼの?というか比較的みんな良いやつぞろいのコメディタッチの進行からの落差すごいよね……。
絶対絶望少女は私は未プレイなんだけど通過したほうがいいのは間違いないはずだ!今後も楽しんで~~!!感想楽しみにしてます!!
描いた絵そのものへの愛着というより、その絵に費やした時間を思うと、見てもらえれば見てもらえるほど元が取れた気分になるのでしばらく同じ絵こすりがち。
制作過程。いつもどおり、ラフ、線画、塗り、仕上げ。
清書、ぬりえ、ご自由に。
うおおおお疲れ様です!!
私自身がグロかったりショッキングだったりの展開が好きなのもあってスーダンは五章までは結構ぬるく感じてたんだけど(コミカルだったりトンデモだったりおしおきがふわっとしてたりで)、五章以降でめちゃくちゃ覆るの本当にわかる……。
私はV3が一番好きなのでV3もぜひやってほしいけど1、2の余韻が残ってるうちにやるのがいいのか時間をおいた方がいいのかわからないぜ。
ありがとうございます!!見ていただけて嬉しいですーー!!
マダミスは覚えてるだけで、ウェンディ、大人になって/死に浸かるワイナリー/恍惚の豚(犯人)/奇想、アムネジア(犯人)/マーダーミステリー:ザ・トリロジー/裏切りの輪舞曲(犯人)/ペンタグラムの境域(犯人)、を誘ってもらってやったことがあるんだけど、なんか四〜七人でやるゲームの割に私の犯人を引く率が高すぎて泣いている。
創作物にせよエンタメにせよ、なにかを楽しむということはその属性を消費する面が多かれ少なかれあると思ってるので、消費的な楽しみ方自体を悪とするよりも、楽しみの中にある消費的な部分に自覚的になった上で敬意をもって接することができるのが理想ではあるかも。
ともすればここの二人はぎりぎり危なかった(ツボにハマりかけた)
#殺人鬼にまつわる備忘録 #小林泰三