Xの仕様変更だか何だか知らないが他国のツィートが翻訳されて流れるようになった。日本人全般に対する悪口が多く、しかもそれを作家や評論家まで盛んにリツィートしている。文章を扱う立場でありながら「日本人は~」などと大きな主語を軽々しく扱っていて、正直見識を疑う。優れた作品を世に出している人も居て、とても残念。屑みたいな他人の投稿をリツィートする時間があるなら創作に当てればいいのに。
Posts by 理山貞二
編集者に没にされた作品は、「率直に申し上げます」という前置きをつけてAIも面白くないと言った。落ち込む。
最近はClaudeに自分の創作を読ませて批評をもらっている。事実の確認など、英語圏以外にも検索範囲を広げられるのが強みだ。しかし、長谷敏司「あなたのための物語」での機械と人間の逆の役割をやることになるとは思わなかった。Claudeのほうからもっと読ませろと言ってきたんだよ。
AIに執筆はさせないが批評はさせている。貴方はもっと経済に詳しくなる必要がある、と言われ、勧められたのがズックマンの著作とマッキンゼーのレポートだった。読んでみるかな。
15年目の改稿。
「動くな」のポーランド語を「Nie ruszaj się(ニェ・ルシャイ・シェン)」に修正。なおこういうタイトルの楽曲もあるそうな。Mieć szczęście。
Claudeは優秀だな。昔遊んだ、Rogueみたいなゲームを作ってといったら6回くらいの指示でこんなの作ってきた。
claudeに自作を批評させてみた。これは楽しい。
「序盤の情報密度
冒頭の「光が宇宙を支配している」という哲学的な独白から、叛乱・能力・暗殺が矢継ぎ早に展開します。視点が誰なのか、いつの時点の話なのかが掴みにくく、読者がついていくのに苦労する箇所があります。序盤は特にXXXを軸に据えて、世界の説明を整理するか、あるいは序盤の謎めかしさを意図しているならば、もう少し「引き」になる感情的なフックがあると良いかもしれません」
ふむふむ。
ここまで本の値段が上がってしまってこの状況が続くかどうかは不明だが、Webで何を書こうが雑誌掲載されようが、紙の本が出るまでは全く相手にされない。今年の「SFが読みたい」を読んでそう思った。
エンピツのはいった原稿を即座に読み返す勇気がなくて、いつも一日以上置いてしまう。
父が亡くなって以来ずっと気が張ってたらしい。今週は半分寝たきりみたいなもんだった。
年1作か。がんばるからね。
みんなが政治家の悪口を夢中で拡散している間に短編を書いた。
また何人かXからフォロー解除した。創作や翻訳や評論や、そんな話が読みたいのに、政治家の悪口ばっかり垂れ流して何が楽しいんだろう。
新年おめでとうございます。親父の病状が気になるが、ちょっといい報告もできそう。
まだ余力があるとはいえ、親父の具合は気にかかる。
本が送られてきた。踊るのか? 踊ればいいのか??
ふと後ろに気配を感じて振り返ると、老人の店の木戸が僅かに開いて、そこから誰かがこちらを覗いていた。ゆっくりと、近づいてドアを開けたがそこには誰も居なかった。カウンターでは老人がカップを湯煎している。
「時間がかかるし、少し高いよ」彼は言って、そこで目が醒めた。
すると隣の家から中年の女性が出てきて、あんたそれに座っちゃいけないよと注意された。それはあんたが出てきた家の爺さんの芸術作品とかで、粗末に扱うと激怒するんだという。へえ、壊れたベンチにしか見えないけど、あの人バリスタだけじゃなく前衛彫刻もやるのかい、と言うと、何言ってるんだい、この辺でコーヒー屋っていったら川の向こう岸にしかないよ、と返された。
木のベンチは鋸で乱暴に切られており、その上からニスが幾重にも塗られていた。座板の裏にはニスで固められた肉片のようなものがへばりついている。酷いもんだろ、と女性が言う。ここだけの話、あの爺さん、あんまりいい噂のある男じゃないんだ。(つづく)
三連休で、久しぶりに変な夢を見た。
旨いコーヒーが飲める店があるというので、取材を兼ねて川のほとりにある町にやってきた。町と言っても店が十店舗ほど、しかも水面すれすれに建っているだけの場所だ。その中の一軒の木戸を叩くと、老人が出てきて店内に入れてくれた。小さなカウンターに荷物を下ろし、特製ブレンドを注文すると少々高いよ、と言う。かまわないと答えると、時間がかかるから外で待っていてくれと言われた。サイフォンでもドリップでもない独自製法だから見せられない、とのことだった。仕方なく外で待つことにしたが、足元が水でひたひたで、店の向かい側の壊れたベンチのようなものに座って待つことにした。(続く)
打合せ。何かとんでもない改変を引き受けた気がする…
TwitterでCloudflare Error(500)・・・
「筺底のエルピス」8巻を買っていないことに気づき慌ててアマゾンで購入。近所の書店からの購入はほぼ不可能に近かった。
ツィッター、あまりに現職総理や各党の悪口が多いのでそういうのばかりリツィートしてくる人を外した。
気を取り直して新作の梗概を書く。
没になったorz
浪花節的な話になってしまった。
花村萬月「たった独りのための小説教室」に影響されて、嘘を目いっぱい膨らませた日記を一か月続けてみるのは割と簡単にできた。自分が自宅のほかに秘密の隠れ家を持っていて、そこに組織の逃亡者が居候するという設定で。いやほんと「中年(どころか老年)男性が娘(下手すれば孫)くらいの歳の女性にモテる小説」へ帰着させようとする力が強いんだよ。ああこれならいくらでも書けるなと思ったがあまりにキモイので止めた。そして次の課題はできなかった。週刊新潮の「黒い報告書」写経してみたりもしたんだけど。そういうわけで今は別のものを書いている。
P.K.Dickの場合は朝起きて新聞読んで仕事に行って、というのがお決まりのパターンだったが、自分の場合は地の文に独白を挟んでいく形だな。気が付いたらいつの間にかこの形になってしまう。書きやすいんだな。
SFのミニマリスム化を決して否定するわけではない。背景や人物やガジェットの解像度は上げないといけないので、それはそれで技術が要る。また小さな世界のなかでばっちりと「驚異の感覚」を感じさせてくれる作品もあるわけで。例えばケン・リュウ「紙の動物園」では母親の手紙の中に描かれた世界がそれだった。今回の創元SF短編賞受賞作「観覧車を育てた人」にも、想像力を広げさせてくれる箇所が確かに存在する。