そして読んでいて思い出してしまったしょうもないことなのですが、濱口竜介『ドライブマイカー』について「イカした文化的な夫婦は40代でも濃厚なセックスをしていて手本にすべき」という感想を見かけて度肝を抜かれたことがある。
Posts by Autoishk
久しぶりに村上春樹が読みたくなって『パン屋を襲う』を読んだのだが、飢餓感、パン屋襲撃、呪い等のモチーフを何らかの社会的意味(例えば体制への叛逆の挫折と転向)のメタファーとして読む素朴な読解を強烈に焚き付けておきながら微妙に整合性を取れなくすることで煙を巻く、といったスタイルで、この種のいわば「メタファーベイティング」は春樹作品の核心の一つかもしれないと思った。
瀬戸夏子のPodcastを洗濯のお供に聞いていたら、男の書き手は女性の容姿について「美人ではないが魅力的」と書きたがると言われていて、激しく同意しつつなぜか真っ先に思い浮かんだのが上橋菜穂子『獣の奏者』のエリンについての描写だった…….。
まず生身の人間の挙動に宿る迫力とおかしみが文字では消えてしまうし、「解釈」の魅力も同じ風景を見ているナコンと視聴者の視線の落差から生み出されていることからして文章ではその落差をうまく示すことができない。それで、それに対応するために文体レベルでの試行錯誤(「〜ですな」「〜であります」等の動画では登場しない口調)を通じて動画とは異なる視聴者との関係性の構築が模索されているが、まだ練度が足りていないという感じがする。
天竜川ナコンの新著『世界は解釈でできている』、予想はしていたものの全く面白くなくて、動画で炸裂するそのインターネットピエロ行為の魅力は書籍メディアには翻訳不可能な何かなのだと改めて思わされる。
人間とんだ勘違いをしていることがあるもので、いまのいままで京大には医学部は存在しないと思い込んでいた。
青木淳吾の出てきた大元のようだと感じながら読んでいたら付録に青木淳吾が書いていた。
後藤明生いままで読んだことなかったけどかなり好みだ
最近の赤ちゃんは首が座るのが早いと聞くことがあるのだが、どうやらこの種の言説は戦前にも言われていたらしい。そろそろ生まれる前に座るようになっていてもおかしくない。
ベタな少女漫画が読みたくなって『きみの横顔を見ていた』という作品を読んでいたら、突然芥川の歯車が出てきてブチ上がり、最終的にサタンタンゴみたいなメタフィクションになって凄かった。
保坂和志『鉄の胡蝶は』ちょっと気になるけど、どうせ破廉恥なおっさん性が生理的に耐えられないので、全文を生成AIに突っ込んで破廉恥なおっさん性を濾過するぐらいしないと読めないのだろう…….。
職場の飲み会の席で全員が自炊を始める夢を見た。自分は赤パプリカをグリルでソテーしながら確か冷蔵庫にズッキーニも残っていたはずと考えていて、友人はおもむろに「モスバーガー完全再現への道」をやっていた。
途中、課長が物欲しそうな顔で近づいてきたが、隣席の同僚が「ビールを飲んでるならそれ以上に楽しいことはないんですから」と撥ねつけていた。
多面的に面白く読み進めているのだが、一つには単純に旧制高校/旧帝大生の教養のあり方(西欧の思想文学だけでなく、アジア圏の古典もが自然と根付いている)が羨ましくなってしまった。
「供給網の目詰まり」という表現は、実態から乖離した現政権によるプロパガンダだという点は差し引くにしても、日本語としてかなりおかしな感じがする。供給「網」は物流のネットワークを指しているのであって、網の上から液体を注いだりするわけではないのだから、何かが「詰まる」としたら網の「目」ではなくてネットワークの「線」のはずだ。
しかし投機ゲームで成功した後、ある種の悔悛の身振りとともに格差反対に転じた著者の言論活動は人文系読者層にとって非常に耳障りがよいのだが、それは要するにトレーディングゲームとは別種の言論ゲームに鞍替えしたということでもあり、自身の過去の栄光に悔悛のスパイスをまぶして売れば簡単に称賛を集められる状況に正直チョロいと思っている節もあるのではないかと思う。
神聖喜劇と並べて読んでいると、太平洋戦争期の旧日本軍と21世紀のトレーダーとでは本来まるで別世界であるはずにもかかわらず、人倫が失効して別の異常な論理にその座を譲っているという点で、両者には奇妙に響きあうものがあると感ぜられる。
ギャリー・スティーブンソン『トレーディング・ゲーム』ようやく図書館で予約が回ってきたので読んでいるのだけど、さすがにちょっと面白すぎる。
あと少年誌なのに大人がかなりの数登場するのも特色な気がする。それで絵柄の上でもヒカルやアキラは少年誌なのに脇役たちが青年誌になっていて、後者がシティポップみたいな抜け感を出して背後に都市生活の息遣いを醸すことで作品の厚みを支えている感じがする。
主要な三人は本当にずっと囲碁を恋愛としてやっていてすごい。皆中性的なのもあって、戦いの中に恋愛が、ブロマンスの中にクィアな恋愛がそれぞれ隠されている構造になっている。
家の前の欅がすでに6月下旬みたいな緑の濃さになっている……。
シーシャバー
めちゃくちゃ面白い。が、そこはかとない俺TUEEE感……。
なんかヒカルの碁読み始めた。囲碁のライバル関係が高度に発達しすぎて「叶わぬ恋」みたいな強烈な抒情を生み出している、凄い。
ふりかけの「ゆかり」、なんで紫蘇じゃなくてゆかりなのかいまだにわかっていない。
ハイデガーの「頽落」や「非本来的/本来的」は価値中立的というエクスキューズについて、昔は生真面目にリテラルに受け取ろうとしてしまっていたが、久々に読み返してみると、ふつうに哲学者も嘘や二枚舌を平気で使うという体で読んだ方が良いと思うようになった。
一時期こればっかり聴いていたときがあったな
www.youtube.com/watch?v=HJEp...
頭数になるという本義へのミニマムな意志だけは放っておこうということ。
不真面目な人間なのでデモのライブ配信をつけるだけつけて結局消音にして本を読んでいて、リモートワークみたいだ。
大西巨人『神聖喜劇』を読み始めた。
すべての映画が最初の10分までしか観られなくなる呪いにかかった。サブスタンスは早送りで全編を10分で観終わった。