何だろう…楽しい事は楽しいと感じるけどそこから前向きに〜とか別にならないし、何というか気持ちというバケツの底に穴が開いていて、楽しい事も全て流れ出ていってしまう感じがする。
何をやっても最後は虚しいのかと思うとやる意味が分からなくなるし、やりたいという気持ちも失せてくる。
それならばしたい事をしようと思ってとりあえず出来ることからするのだけど、それでもやはり流れ出ていってしまう。虚しい。
愚痴ついでにもうひとつ。
人は、特に親しい人は善意で私を前向きにさせようとする。
それが時に辛い。だから何も言えなくなるし、言いたくなくなる。
後ろ向きな言葉をずっと聴いてて平気な人なんてそうは居ない。
Posts by ととや
自分の気持ちの辛さを吐露したい気持ちはとてもあるけれど、人にそれを話すと困惑されたり何とか解決方法を探そうとしてくれたり…。
嫌ではないけど、私が望むのはその前段階の、ただ聴いてもらうという事なんだよな。
分かるけどね、何らかの解決方法を探そうとする方が話を聴く側にとっても気持ちがより楽なんだということは。
ここ1年、色々な意味で人生の底に来てる気がしてる…というか(当社比)最も辛い時期ナンバースリーには確実に入ってる。
この年齢付近が人生で最も不幸を感じやすいと知ってから覚悟はしてたけど、でもずいぶんと手加減無さすぎじゃないですかね?
さすがに2日連続朝から晩まで遊び歩いたのが堪えたんだろうか。
えー、楽しいのはノーカンじゃないんですか?
体質なのかたまたまなのか分からないけど、私はこれまで生きてきて38℃以上の熱を出した事が1度しか無い(熱は1日で引いた)
でもそれって免疫力が弱いって事なんじゃ…?という気もするんだけど、果たしてどうなんだろう。
ちなみに平熱も36℃いかない。
うっすら風邪引いたようなまだ取り返せる(何を?)ような…そんな感じ。
久しぶりにこちらに来たら何と…!!!
明日無事に退院出来ることを祈っています🍀
大福餅の餅だけ、どら焼きの皮だけ食べたいな〜と思っちゃう。
茶道習ってたから多少あんこ耐性は付いて、習い始めてしばらく経ってからは練り切りが食べられるようになったし、あんこもこし餡なら少量食べられるようになった。
でも粒あんは今も苦手。
食べられるけど、食べる時は心を無にして食べる(粒あんに失礼すぎだべな)
あんこが苦手(出されれば食べるけど出来るなら食べたくない)だと、どうしても美味しく頂ける和菓子って少なくなっちゃうんだよね。
少量なら食べられるからまだマシなんだけどね。
でも彩りは洋菓子より和菓子の方が好き。見てるだけでワクワクしてくる。
石村萬盛堂(福岡県)の「鶴乃子」、美味しいですよ〜。
いわゆるマシュマロなのですが、市販の物と少し違った口当たりが好きです
。サメと同じくあんこが苦手な人もぜひ〜。
そう言えば沖縄ではまだ味噌を買ってないな…(旅行先で味噌を買ってくるサメ)
うーん、どうなんでしょう…
私は半ば自発的、半ば流れ的に出産してこなかった側ですが、女が子供を産まない事への圧力は例えば友人の何気ないひと言や職場での雑談等々若い頃から今まで色んなところで感じてきたし、今も感じています。
それとは別に、産まれてから今まで知らず知らずに入り込んできた「常識」やら「標準」が自分を苦しめているのもあると思います。
加えて、今は「女が子供を産まない事」を個人や世間に加えて公(社会)が露骨に言うようになってきた感があり、結構シンドいなと感じています。
どちらにしても、個人の人権も女性の人権も昔と変わらず侵されたままなのは辛いし嫌ですね。
女は頭数を増やすためのモノではないし、男も種馬ではない。
腹の中で何を思おうと自由だが、こういう思考が蔓延した社会は子どもが居る人にとっても居ない人にとってもさぞ息苦しい事だろうな。
そういえば恐竜の化石からも癌の痕跡が見つかったと昔聞いたことが…。
何だかんだ言っても、今はまだ現実の生活に大きな支障を来すところまではきてないので他人事なんだと思います。
また、たとえ短絡的でも多少不遜に扱っても良い「自分より下位の人間」を作っておかないと自分の地位を保てないという不安に駆られるからそうするのかもしれません。
エッセンシャルワーカーもブルーカラーもこれまで収入に見合わない働き方をし過ぎました。
氷河期世代はなおの事そうせざるを得なかった。
社会は、この人たちに嫉妬して追い出して、または低賃金でこき使った挙げ句に誰も居なくなって手ひどい目に合わされるまでは本気でその価値が分からないだろうなと思います。
高齢女性は〜の件、家畜の頭数調整と何ら変わらない。
足りなくなれば産めよ増やせよで、いざ増えれば低収入で過酷な仕事をさせるだけ。
今更だけど、ゲーセンのシューティングゲームが面白い。
全然当たらないけど何か面白い。
銃が軽いのは不満だけど、本物と同じ重さにすると更に得点が低くなって凹むのでそこは仕方ない(←何様目線よ)
久しぶりに悪夢を見た。
悪夢、というか怒りの夢だった。
怒りの言葉を吐きながら目が覚めた。
年齢や容姿関係なく性愛について赤裸々に話せる場に参加したい。
そんな時、一番の障害になるのはつい人の目(=自分の中にあるエア世間体)を気にしてしまう自分なんだよな。
しかも悪意なくそう見ている(うっすら低く見ていることに全く自覚がない、自分はそう見ていないと思っている)人が少なからず居るのを知ってしまうと…何というか、じゃあどこも頼らずに首都圏だけで自活してみたら?とつい思ってしまいますね。
案外自活できちゃうかもしれませんが。
ただそこに居て静かに私の話を聞いていてほしい。
別にアドバイスも相槌も要らない。
むしろ、スマホでもいじりながら明後日の方向でも向いていてほしい。
真剣に聞かないでくれた方がこちらも話しやすい。
現実的じゃないし叶わない可能性が高い事、今となってはもうどうしようもない事でも、それでも話したい事だって沢山ある。
話しても何も解決しない事ぐらい分かってる。
だけど、時にはそれでも心の中に置いとくだけじゃなくて外に向かって言いたいし、それを言う自由ぐらい私にだってあるでしょう?
今日はジャパネットたかたを参考にしてめっちゃ面倒な人にめっちゃ勢いあるプレゼンをしてきました。
お陰でめっちゃ面倒な案件をこちらの要望通りに通す事が出来ました。
わーい(めっちゃ疲れた!)
大人のいじめは醜い。
組織の為に異分子を懲らしめてやろうというのは、ともすれば魔女裁判になる。
「理性で公平性を保っているから私は正しいことをしているんだ!」という認識自体を疑う理性が無いなら、それはもはや愚の極み。
ハロウィンにもコスプレにも強い憧れがある。
コスプレしたいな。
チーズが旨い。
気管支炎だった!
もう少し考えてみた。
『申し訳ない』と言っているが、更にその底には(自分はダメなままが、自分には何も良いところが無いという認識を持っていたい)という気持ちが横たわっているような気がした。
なぜそう思うのか、理由は分からないけどそういう思考回路がギチっと頭の中に嵌められてる、そんな気がした。
そして肺炎の可能性もある…😱
自分の良いところや得意なことがよく分からず、人から言われてもなかなか腹落ちしなくて申し訳なくなるので、結果として聞くに聞けない状態となる。
腹落ちしなくても即座に否定しないだけマシなんだろうけど…
何だろう…せっかく考えて伝えてもらったのにこちらは腹落ちせず自分の身にもならないという事に罪悪感を感じるのかな。