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魔法の姉妹ルルットリリィ:第3話『月をみあげたら』感想ツイートまとめ #ルルットリリィ #るるりり #MSLL
Posts by コバヤシ
というわけで、第二の魔女っ子アイドル爆誕回でした。
こっからお姉ちゃんがどういうルートでもって、アイドル業界に殴り込みをかけるかも気になるし、わんすもあの仲間たちとリリィがどういう日々を過ごすかも、かなり面白くなりそうだ。
つーかお姉ちゃんのステージもまだだしな…今気づいたけど小鹿なおさん=月村手毬なので、なかなか凄いものが飛び出してくると期待しております。
そういう派手な活躍と同じくらい、緩やかなテンポで情景を焼き付けていく筆も好きなので、そっちも頑張ってもらうとして。
本格的に動き出した姉妹の物語が、どこに転がっていくのか…次回も楽しみ!
かくしてましゅールルへの変身を果たした風ちゃんだが、ずっと閉ざされていた窓が眩い夕日に照らされ、未来への扉を開け放っているのが印象的だ。
ここから病によって歌を奪われていた女の子の、新たな戦いが始まっていくと思うのだが、やっぱ髪色に”青”滲んでるのが凄い。
かつて自分が妹に手渡していた、元気に歌える明るさは失われてしまって、だからこそもう一度歌いたいと思った。
そんな気持ちを蘇らせてくれたリリィが、妹当人だと流ちゃんは知るよしもないが、お互いを思う心は既に、憧れの形に刻まれている。
そういう思いと関係性が、デザインの段階で注ぎ込まれているのはやっぱ強い。
うぐいすと風ちゃんの、お互いの個性が不思議に噛み合うダチ感も良いのだが、どっか保護者感ただよう余裕でもって、傷ついて立ち上がろうとしている流ちゃんの隣にいる、あずきの存在感もありがたい。
ゆめかわ色のコズミック魔法とは間逆な、正統魔術で夢を叶えようとしたお姉ちゃんの空回り、本当に可愛かったけども。
お姉ちゃんはそういう、どっかズレた個性(かわいい)を持ってる人なので、世界と繋がるのが常人より難しいのかもしれない。
そういう時、カバンにぶら下げた物言わぬ友達が隣りにいてくれることが、どういう意味を持つのか。
そこに目を向けた描写に時間を使えるのは、このアニメが選んだテンポ感の強みだろう
小さいけどあまりに大きな、自分と世界を変えるための第一歩。
ここに飛び出す決定機を、姉を思い魔法を使ったリリィが掴み取ったのは「良かったねぇ風ちゃん流ちゃん…もうこっからの人生、良いことしかないよ…」って気分だけども。
そうなれる手助けを、あずきがかなり慎重に丁寧にやってくれてたのが、ありがたくも嬉しい描写だった。
闘病体験でナイーブになってしまったお姉ちゃんは、家族だからこそなかなか言えないことも多くて、そういう重荷を時に対等な友達として、時に物言わぬコンパニオンアニマルとして、多角的に受け止めてくれるあずきの存在は極めてデカい。
そしてお姉ちゃんは、病気が押し付けてきた「一人ぼっちで、なにか出来るとは思えない弱い自分」という自己像を、跳ね除けたいと願い叶えられていない。
未だ身体の自由が効かないわけではなく、家族の支えがないわけでもない…というか、お姉ちゃんとまた遊びたくてワクワク沢山おもちゃ持ってきた風ちゃんの純情に、また涙してしまったわけだが。
色んな幸せが手を差し伸べてくれていても、お姉ちゃんの心は小さな勇気を絞り出せず、ずっとカーテンの中に願いをしまい込んできた。
このコンパクトな苦しさの描写は、凄く体温があって良いなと思う。
人間、そういうことってあるよマジ…。
事象としては既に完結しているが、物語を歩いている当人たちはその事に気づいていない。
ということは”成る”ことではなく”気づく”ことが物語最大の課題になるはずで、自分がどんな存在であるのか、どうなりたいのか見つけていく、知恵と勇気の旅を今後進んでいくことになる。
それは凄くスタンダードな童話であり、心のあり方が世界や自分を決めていけるという、オーソドックスで大事な希望を、改めて語り直すための足場になる。
ここら辺、何がどうなったら魔法が世界を変えてくれるかの描写で、既に補強されている部分でもある。
ちゃんと願いの形を捕まえておかなければ、曖昧な魔法は力を貸してくれないのだ。
しかしその心一つがどうにもならないのが人間の難しさでもあり、カーテンの奥に気持ちを塞いだまま、不思議な喋るネコだけを相棒に迷っていた日々が、憧れと出会ったことで動き出す。
リリィ衝撃のデビューが、ずーっと下を向いていたお姉ちゃんの顔をあげさせ瞳を輝かせていたのが、とても良かった。
風ちゃんは気づいてないけど、リリィになって叶えたかった願いは、もう遠い月まで届いちまってんだよなぁ…。
魔法のことは秘密なので、その事実に風ちゃん達が気づくのは先の話になると思うけど、「青い鳥はお家にいた」という古典的文法をちゃんと踏まえる上で、姉妹最大の願いが初手で完遂されているのは大事だろう。
そして妹が持っている「感動できる強さ」みたいなものを、闘病体験に削られ自分を変えられてしまったのが、風ちゃんが心から愛するお姉ちゃんの悩みである。
身体は治っても、心と社会的ポジションは簡単には整復できず、どこかなりたい自分と現状がズレたまま、適正位置が見つからず一人悩んでいる。
そういう現状がクローズアップされると、第1話でクラスメートが親切にしてくれてた描写が、後追いで染みてくる。
心一つ前に進みさえすれば、世界のほうがお姉ちゃんを優しく受け止めてくれる準備は、既に整っている。
甘いと言いたきゃ好きに言え、子どもたちは…そういう場所で育たなきゃいけねぇんだッ!!
お姉ちゃんも風ちゃんも、親切に手を差し伸べてくれてる学校にあんま馴染めていない描写がちょっとあって、新しい自分になり見知らぬ街で新たな経験をしていく事は、結構大事な変化なのかなと感じる。
食べ物につられすぎる風ちゃんの幼さはマジ心配であるが、塔子社長がリリィに惚れ込んでいるのもあって、全体的にはポジティブな体験ができそうだ。
遠いからこそ特別な非日常の中で得たものを、故郷にどう持ち帰って日常を変えていくかという、じんわりした変化の描写も、今後個人的には注目したい。
風ちゃんマージで小学生なので、色んな体験で自分と世界を変えていく反応速度も、めっちゃ早いだろうしな。
わんすもあは思っていたよりショボい事務所であり、リリィと一緒に成り上がっていく物語も一つの縦軸になんのかな~って感じだが、今回初登場となるせなパイセンが、初手からアクセルベタ踏みしてて笑ってしまった。
クールなダウナー系だと思ってたら、いきなり当然にご飯をシェアしあーんさせてもらい、JKアイドル社長とのニコイチ感を押し出してくる。
ベッドタウンにはいないタイプの女だと思うので、風ちゃんの仲間としてお姉さんとして、なにか良い影響を手渡してもらえたら良いなと思う。
いつか来るだろう個別回とか、どういう味になるのか全然読めんな…。
(画像は”魔法の姉妹ルルットリリィ”第3話より引用)
青い星の光を受けて、沈んだ月が輝き出す。
二人目の魔女っ子が変身を果たす、ルルットリリィ第3話である。
つーわけで、リリィが夢を羽ばたかせていく足場になるアイドル事務所をスケッチし、お姉ちゃんが入院生活で弱らせていた心の力を燃やし直すエピソードである。
緩やかなテンポ感は変わらず継続され、変身果たしたところまでで次回に続いたが、風ちゃんが出会った新しい居場所の空気感、リリィのステージにお姉ちゃんが何を感じたかが、丁寧に伝わってきた。
やっぱ焦りがちな歩調だと飛ばされがちな、少女たちの一歩一歩をネットリ追いかけ、細かい心情を切り取ってくる作品なんだと思う。
そういう観劇姿勢を視聴者に、このタイミングで力強く作り上げてしまったことは、この後更に複雑さを増していくだろう物語を咀嚼させる上で、かなり重要な一手だったと思う。
淡島には、色んな人がいる。
死に、生き延び、舞台に上がり、途中で降り、子を為し、終わってなお歩く。
花には様々な咲き方と萎れ方があり、散ればこそ実を為す不思議が面白いのだと、たった二話で鮮烈に突きつけれたことは、今後豊かなタピストリを綴る上で、極めて大事な経糸だろう。
美しい色彩と音と動きでそういうモノを、しっかり織り上げてくれたことに感謝しつつ、次回を待つ。
とても良いアニメで、僕は好きだ。
幸恵を死の床に縫い付けた罪悪感や無力感と、似通った毒薬を桂子が抱えていることを、今回のエピソードに深く感じ入った僕らは心のどこか、期待してしまう。
反省し、正しくなり、善くなって、大人になったのだ、と。
でもそんなシンプルで分かりやすい決着で、この年代記が回転していないことを、ここまでの二話は既に力強く告げている。
コッチが勝手に、颯爽たる後ろ姿に望んだ理想を必ずしも、人間と物語は叶えてくれない。
願い通りにいかない不都合な顔を突きつけ、その複雑な苦みにこそ面白さを感じる、奇妙な回路が自分の中にあることを、改めて思い知らされていく。
たとえば今回の悦子のように、重ねた年輪と後悔と痛みと決意を強くにじませて、己を語る権限が桂子に手渡されるかもしれない。
あるいはそういううねりを無貌の奥に抱えた、良く解らない謎のまま、物語の端っこに立つかもしれない。
しかしどのような語られ方をするにしろ、残酷な加害者であり無様で無責任な生存者…に思える彼女が、あるいは生き延びあるいは死んだ少女たちと同じ、美麗と残酷を抱えた存在であることは、既に明白だ。
青春が吸い差しのタバコと一緒に葬られてなお、綺麗に終わらず続いていく、人間一人一人の舞台に、確かに謎めいた鬼教官も立っている。
そう思えるようになる、良い第2話だった。
では冷たい灰色と残酷なオレンジが交錯し、時を渡る方舟として作中に機能している淡島において、伊吹桂子の顔はどんなものか。
物語は残酷に気高く終わり果てた(そしてその先、確かに個別の顔を持って続いていった)過去から、未だ行く末を知らぬ現在へとバトンを繋ぎ、第2話を終えていく。
その短いスケッチにおいて、桂子は独白の機会を与えられない、顔がよくわからない大人として描かれる。
その無貌の奥に、どんなダイナミズムと年代記を抱えて彼女がここに流れ着いたかは、解らぬままだ。
この後のエピソードで彫り込まれてもいいし、豊かな無言のままでも良いなと思う。
(画像は”淡島百景”第2話より引用)
絵美の美しい泣き顔を完璧にするには、多分ダイレクトに描かないまま、男のセリフで終わっていたほうが収まりは良いのだと思う。
顔を描かれない背中は無限の可能性を宿して、勝手に期待し美しさを膨らませる、柔らかな夢幻を生み出してくれる。
しかしこのお話は、絵美が青春の葬列にどんな涙を流したか、具体的に書ききった。
彼女が自分で告げていたように、痛みを感じ誰かを恨む一人の人間であって、桜色の夢の中誰かが望んだ淡い幻影ではないと、刻みつけて己を終わらせた。
それは生きて咲き、萎れて散っていく人のあり方…それが滲む顔に、誠実な筆跡だと僕は感じる。
確かに、そこに顔はあるのだ。
残酷で美しい淡島へと進み出す新たな戦士の背中を、今度はちゃんと押す。
絵美ちゃんに追いつけなかった後悔に押しつぶされない、時の流れの中鈍麻したからこそ生まれる強さで、絹枝の夢を未来に繋いでいく。
それが絵美の涙を救うとは、とてもとても言えないけども、それでもやっぱり死の灰色だけが、世界を彩っているわけではないのだ。
たとえイマジネーションの世界であっても、切なくて遠い夕日のオレンジが、絵美と悦子を同じ景色の中に置いてくれていたのは、僕には希望に思えた。
そうやって、時の河は流れていく。
その中に身を置いていると知ると、前回舞台の真ん中に立っていた少女の歩みも、複雑な色を増していく。
何しろ葬式から始まるので、非常に濃厚に死と離別の灰色が漂うエピソードなのだけども、その鯨幕の色合いを打ち破るように、終わり果てた夢がそれでもなお鮮やかで美しい事実を、このエピソードは大事に紡ぐ。
夢破れ、合わせる顔も直面する勇気もないまま、生きて再会することのなかった二人の心のなかで、それでも青く暖かく、面影は微笑み続けている。
それと同じ色合いで、何かが確実に終わってしまった帰り道、絵美は美しく哭く。
そんな彼女がもういない場所で、おばちゃんになった悦子はそれでも絵美ちゃんがどれだけ素敵な女の子だったかを覚えていて/思い出して…
(画像は”淡島百景”第2話より引用)
悦子にどこか似た少女、バスの中の男が思わず絵美に振り向くのは、淡島を追い出され憧れを殺されたとしてもなお、眩い華やかさが彼女にあり続けたことを示す。
それがあったからこそ桜色の光の中、幸恵は初恋と出会い、綺麗に終わらせることすら上手く行かぬまま、末期にもう一度出会って別れていく。
あまりに上手く行かなかった青い季節を許すことなく、広島で妻となり母となり死んでいく未来に進み出す時、絵美がかつて自分を慕ってくれた素朴な純粋さと出会え直せたのは、果たして救いなのか。
なかなかに難しい問いだけど、そうであると僕は思いたい。
悦子はもはや語り合うことの叶わぬ絵美に、おそらくは病室に漂う死の影に引きずられて終わっただろう幸恵の遺言を通じて、もう一度出会う。
後悔は先に立たず、もはや出会うことは叶わない。
淡島を離れ、もう一度出会えたとしても絵美の視線は奇妙にズレた位置取りで、幸恵の顔は初恋相手と真っ直ぐ向き合うことはない。
汚れちまった悲しみを揉み消すように、絵美が投げ捨てる吸い殻は、遠い未来で直接描かれなかった荼毘の煙の色を、確かに宿している。
ここで絵美と幸恵は、青春の死骸を埋葬したのだ。
そしてそれは一つの終わりでしかなく、死んでもなお人生は続く。
(画像は”淡島百景”第2話より引用)
そんな風に、優しさと強さは時と場合と演者によって様々、人を救ったり呪ったり、救ったからこそ呪ったり、呪いを噛み締めた後だからこそ救いになったり、本当に様々な転がり方をする。
絵美に出会ってしまったからこそ、夢を潰す怪物になってなお罰せられなかった(だからこそ”教官”になれた?)桂子が、少女の頃…あるいはおばちゃんになってから、何を思っているのかは今回見えない。
しかしそこには、悦子や幸恵や絹枝が微笑みの奥に抱えていた、人間だからこそのうねりと痛みが、多分あるのだろう。
そういう万色を活ける器として、淡島歌劇歌劇学校がある…のかもしれない。
とても面白い、タカラヅカの解釈だと思う。
だとしても、淡島に進みも、期待通りスタァになった絵美ちゃんを見届けもしなかった悦子が、人のままならなさや悲しさを腹に受け止め、家に帰って洗濯物をたためるしぶとい存在になったからこそ投げかけれたエールは、確かに絹枝を救っていく。
そういう救いが、灰色の世界で顔を亡くしかけていた幸恵が、舞台の主役のように颯爽たる幸恵にも舞い降りて、だからこそ初恋に報いる強さを手に入れられなかった絶望が、彼女に最後の手紙を書かせる。
絵美を悪意の刃から守りきれなかった幸恵は、文字通り「合わせる顔がない」のだ。
それは絵美が本来寿がれるべき強さと気高さで取り戻してくれた、人間の顔のはずだったのだから。
遠く見えないからこその颯爽と、近く覗き込めばこそ生まれる呪い。
その往復運動でシンプルにエピソードを纏めず、無貌の存在に顔が生まれる瞬間をちゃんと描いているのが、このお話の誠実で残酷なところだ。
口さがない噂に暗く傷つけられた幸恵は、淡島名物の淀んだ空気に染まらず、堂々と言うべきことを言う絵美の言葉によって、顔を得る/取り戻す。
そんな幸恵の遺言を聞き届けた悦子は、絵美なき現世に取り残された生存者だからこそ、不安に揺らぐ未来のスタァの味方となり、絹枝を淡島へと進めていく。
そこに救えず繋がれなかった憧れへの、復讐戦が滲んでいることを姪は知らない
(画像は”淡島百景”第2話より引用)
孤独で美しい後ろ姿は、今回のエピソードに多数描かれているが、それが誰かに追いつかれ、正面から顔を覗き込まれるシーンもまた多い。
収まり良く美しく、夢の挫折で終わったはずの物語は、あこがれを正面から覗き込んで灼かれた眼をそれぞれ抱えたまま、簡単には終わってくれない。
時代を飛び越え、語り部を取り替えながら描かれるこの振幅が、時を経てオンボロに錆びてなお、少女たちの夢を飲み込む淡島という舞台の、一番基本的な心音なのかもしれない。
そこは見えないからこそ何者でもあれる背面の無貌と、真っ直ぐ覗き込んで呪われる眩しいかんばせの、両方を持っている場所だ。
出会ってしまうこと、出会い直してしまうこと。
希望に裏切られる痛い青春と、それを終えて葬列に加わる淋しい玄冬を行き来しながら、絵美という未生の大輪を中心に綴られる物語は、何かに直面し呪われ、終わらせようとして続いていく不思議を、幾重にも折り重ねていく。
あるいは望み通りの物語を紡いでくれない、運命なるものの不思議と残酷すらおも、飲み込めてしまえる諦観と老成をその身に刻んで、少女たちはおばちゃんになっていくのかもしれないが。
それでも枯れているはずの花たちが、パワフルに蘇らせる心の熱があってこそ、新たに動き出す物語もある…はずだ。
あるいは平静を装ってなお疼く、どす黒い後遺症の後始末も
それが呪いであることを、淡島の舞台に魅入られた瞬間を呪う幸恵の遺書は雄弁に語っているが、しかし彼女が望んだ甘い終わりで、絵美との物語は終わってくれない。
震えるほどの後悔も、それに身を投げて綺麗に終わるはずの願いも、人間の生き死にや未来を左右するとても大きなモノに振り回され、捻じ曲げられて思わぬ決着へと繋がっていく。
出会った時は確かに憧れだったはずのものを、魂を蝕む毒へと変えてしまった佳子が、絵美と至近距離で出会い傷つけてしまった過去を、どう受け取っているのか。
その因縁が流れる先は、今回は微かなスケッチで終わる。
人の夢を殺しても、悪い噂に付きまとわれながら、物語は続く。
ではこの後ろ姿に回り込み、あるいは追いすがって正面から何かを見つめれば、全てが上手く繋がってハッピーエンドが生まれるかといえば、そんなこともない。
孤独な後ろ姿は、人生を歪めるほどの質量を持ったとても大きなものと直面せずにすむ優しさを内包していて、これを無視してあるがままの人間に向き合う時、世界は強く歪む。
あるいはぼんやりと遠いまま、死という結末に傘さして帰ろうとした悦子の前に、夢破れてなお絵美とともに歩き、直面するべきではなかった手紙に呪われてなお、それに向き合おうとする男の顔を見ることにもなる。
見てしまうことは、否応なく大きく何かを揺らす
(画像は”淡島百景”第2話より引用)
夢が残酷にすり潰され、思い合っていた者たちはそれが強いからこそ離れていき、あった時には既に骨。
取り返しがつかぬものを両手いっぱいに抱えさせられて、それでもなお美しく終わってくれない継続性の中を、今回のエピソードの登場人物は皆歩いていく。
それは遺書を通じて絵美ちゃんの物語を受け取れた、悦子の切ない希望を生み出してもいるし、死ぬほどの後悔になお生き延びてしまった幸恵の美しい無様さ…あるいは淡島を去って夫を得、傷だらけの人生をそれでも歩みきった絵美の”その後”に続いている。
続くからこそ残響するものがあり、全てを断ち切れず絡め取られて、なお歩く。
美しくて無様な、皆の足跡だ。