平均的な知性の人間にとって、画像を客観的に過不足なく言葉だけで説明するのは難しい
多分私も出来ないだろう
Posts by ぬるぺいんてぃんぐ
幅を効かせたいという信念のもとやってるなら分かるが、無意識に自明視するのは愚かだ
というか記号論理学とかいうローカルルールが何で日常まで幅を利かせられると思っているのか
日本には四季がある(日本語では虹は7色とされる、と同様に言語相対性に関して示唆している)
日本には四季がある(命題として捉えると他国に言及しておらず正しいが、一般に他国に関して否定していると取り偽とするのが自然であり、文の意味は命題論理に還元できないことを示唆している)
綴りと発音の乖離を正書法の乱れだと思っているため「"すみません"なんて言い方があるか、"すいません"な」「"どういう"ってなんだ、"どーゆう"だろ」って絡んでくる日本語警察
この問題を啓蒙のみによって解決するのは、警察がいなくてすむようないい人だけの社会を作るのと同じくらい難しいだろう
その上でAIってやつでちゃんとしたALTを自動で書いてくれるようにすればなお良い
ALT悪用人間を減らすには悪用するインセンティブを減らせばいいので、普通にmisskeyとかみたいに隠し投稿機能を実装すればいいのでは
画像を言葉で正確に説明することの難しさを皆舐めすぎている
いくらバリアフリーのためとはいえ、ALTを間違えたり書かなかったりすることを倫理の欠如とみなすことは「知性なき者は悪人である」と言っているに等しい(わざと誤った使い方をしているならともかく)
色の情報を入れてほしいという人と、無駄であるという人がいる 多分どっちも妥当性があるんだろうし、満点の正解はない中で手探りしてくしかないかも……
altの正解ってずっとわかんないけど多分使ってる人それぞれの使い方がある気もしている…… 読み上げはよく使う方なんだけど、Androidの方でばかり読み上げしててアップル製品のやり方はほとんどわかってないからこっちの体感でいいようにはあんまできてないし
理屈で考えただけでもまるで情報量がないんよな
ものが上から下に落ちるのと同じくらい当たり前なことに対して一々批評性を見出すのは馬鹿げている
これは「でんでん現象」と呼ばれるらしいが、正直何も言ってないに等しいだろと思う
「そのコンテンツを嫌う奴はだんだん離れていって好きな奴だけ残る」なんて大体の作品はそうなので
RT
煮詰まりによって見かけ上の数字が高くなる現象というので、関係ない方向への連想。
ニコニコのアニメ生上映会で毎回のアンケートの高評価率が回を追うごとに上がってく作品があっててっきり内容が右肩上がりに良くなってるのかと思いきや、視聴者数がじわじわ減ってて高評価つける人だけ残ってるからだというアレ。
何を美しいとするかを自在に制御可能なのだとしたら、美しさに意味ってあるのだろうか(相対化おじさんの罠)
YBA展みて、僕らは音楽もアートも90年代イギリス的なものをセンスがいいと感じるように調教されすぎてるし、別の価値観を打ち立てなくちゃいけないと感じた
「ただより高いものはない」,一種の極論という感じがする(例えばgoogleのサービスを利用して個人情報を抜き取られたとして,ほとんどの人にとっては自分の個人情報よりも得られるサービスの方が遥かに価値が高いはず)
逆に言うと、リズムゲーとは最も抽象化されたゲームなのかも知れない
「会話はリズムゲー」というなら逆にリズムゲーでないものを教えてほしい
「決められたタイミングで適切な反応を返す」ことを以てそう例えているのなら、リズムゲーでないものの方がこの世には少ないだろう(機械的に打ち返す揶揄的なニュアンスも含まれるのだろうが、それこそ他のあらゆることに対してそういう揶揄は可能である)
およそあらゆる能力は目的を達成するための手段に過ぎないのであり、「能力があること」そのものを目的とするのは本末転倒だ
「出来るけどやる必要がないのでやらない」と「出来ないしやる必要もない」は同様に良いことだ
「MT免許を取れない奴はsyamu以下だぞ」という投稿が以前Xでバズっていたが、そもそもsyamu氏に失礼な上に「『劣った』とされる人間には全ての分野で勝てないと恥ずかしい」という思考は善悪以前に実情にそぐわないと思う
そんなことを言ったら、彼より登録者数が少ない「まともな」YouTuberなんて星の数ほどいるだろう(そして、彼らの全員がYouTuberとして劣っているわけでもないだろう)
なんか皆言葉(あるいは扱う道具)が思考を規定するみたいな話好きだよな
他人が何かに縛られていることがそんなに嬉しいのだろうか
記号的といっても、極めて基本的な記号はイメージと見分けがつかないというかそこまで言語寄りでもないというか
これこそ言葉に囚われた連想ゲームではないか
上に×をつけたり何かで覆ったりして否定を表すくらいのことは、視覚優位の世界観であっても容易く発想出来る(または真似できる)ように思える
イメージの世界ってのは否定性を欠いているのだけど(例えば「リンゴではない」を絵に描こうとしたらリンゴに✖︎をつけるなど記号を用いなくてはならない)、TikTok的な映像特化の経験は否定性を欠いているとか言えるかも知らん。
これを回避するには、「この物語はどう考えても〇〇とは読めない」みたいな否定を繰り返すしかないのか
話の流れとは関係ないが、ある程度以上の知性を持った人が行う批評には何の意味もないのではないかと思ってしまう
何故なら、(十分に頭が良ければ)どんな結論であろうとそれに合うもっともらしい理屈はつけられるからだ
紙の上の絵で書かれたハコに強度の違いなんかあるわけないんだから、そこに(演出として)違いが出るのは、スタッフの間で共通の認識が保たれているから
「ああ、あれはガンダニュウムなんだから頑丈なんだ」という認識がただの紙芝居に過ぎないアニメをそういうモノにするんだよ(この人またアニメーションの話している・・・)