カズオ・イシグロの件は未確認情報とのこと。
Posts by しろいくま
先日行った榛名神社。
(ベンダーの尻拭いで仕事が終わらん)
米退役軍人が、議員会館でイラン戦争反対のデモ
「私たちと同じ間違いをしてほしくない。無実の人々を殺している」と訴えるも、60人近くが逮捕される
退役軍人らは、赤いチューリップを手にしてアメリカの攻撃で犠牲になったイランの人々たちも追悼した
www.huffingtonpost.jp/entry/vetera...
改札を出る人、入る人の列の流れを見て寒流と暖流みたい。ぶつかる所は漁場。と中学生のテスト前みたいなことを思った朝です。
今日もがんばりましょう。
おしりを陽にあてて暖めています。
私が落ち込んでいたために、後輩さんが生ドーナツを買ってきてくれた。
素直にありがとうと言えばいいのに、入社2年目なんだから稼いだお金は自分のために使いなさい。と言ってしまった。
ありがたいことだ……。
先週私が2日かけて作業したデータが、ベンダーに吹っ飛ばされた。
謝られたけど、謝られてもどうにもならない。
なぜバックアップをとってから作業しないのか……。
はぁ。
石楠花
さて、おやすみなさい。
今日のお昼は蕎麦!
「父島ノ皆サン サヨウナラ」という通信が硫黄島からの最後の通信であったことさえ知らなかった。
日本の首相で、硫黄島からの遺骨帰還事業に注力し、そしてご遺骨に触れたのは菅直人ただひとりというのも。
イーストウッドが描いた『硫黄島からの手紙』のラストに忘れ難い「ここはまだ日本か?」という台詞があるけれど、それから80年経った今、そこはまだ日本ではないのだということを突きつけられて、言葉もない。
16歳以上の男性の島民が日本軍と運命を共にしたのも知らなかった。
機銃掃射にあった女性(当時子供)が咄嗟に米軍パイロットに向かって笑顔で手を振ったら機銃掃射が止み、パイロットが手を振りかえしてきた。というエピソードにも、人間を考えさせられるものがある。
酒井聡平『死なないと、帰れない島』(講談社、2025年)を読みました。
私の硫黄島理解は、激戦地だった、今も自衛隊を除き人は住んでいない。というものだったのですが、それがいかに無知であるのかを知らされる本でした。
まず、硫黄島はああなるまで緑豊かな島であったこと。硫黄島が故郷である人たちがいること。そして、戦後80年を数えても法的根拠なく島民の帰島が叶っていないこと。その理由がおそらくは日米間の取り決めによるものであるが、表向きには火山活動等のせいにされていること。
なにより戦後80年を超えても実質、硫黄島には未だ悠々と星条旗が翻っていること。
島民の戦後は始まってさえいないこと。
昨日走ったし、とレアチーズケーキを食べてしまいました。
さて、おやすみなさい。
走り終えた後に配られた黒卵。
芦ノ湖畔で少し休んで。
帰りに蕎麦屋に寄ろうと思ったら閉まっていて、甘酒茶屋で冷たいお抹茶と胡麻きな粉餅を食べました。
おいしかったです。
昨日は箱根ランウェスにて三国峠を走ってきました。
天気に恵まれ、気持ちよく走ることができました。
8時くらいの感覚ですがまだ6時台。
でかけます。
春の豊かさ
今週は疲れたなぁ。
明日はお出かけで早いので寝ます。
おやすみなさい。
本日のハイライトは、お姉さんのPCがブルースクリーンになって起動しなくなったため、えいっ!起きろ!と叩いたら起動したことです。
やはり昔の直し方がいちばん!というところに落ち着きました。
なんかTwitterで部落差別のポストとかがよく目立つことになっているようで(わたしはあんま見てないから知らんかった)、幼馴染がそのことについてだいじょぶかーって感じで久々に連絡よこしてくれてなんか嬉しい。
まあわたしはある意味慣れてるから大丈夫なんだけど、こういうネット空間とかで初めてそういうのを見てしまうひと、特に子どもたちのことを考えるとなかなかしんどいよねーって。
ここも私の育ったところも、有名な出身者がいて、その人が出自を明かすと、将来にわたってそこがそういうところだと不特定多数に簡単に知られる状態になってしまう。私なんかも多少の文学好きに出自を言えばそれと知れてしまう。
そのことをどう捉えれば良いのか、考えることがあるけれど、わからない。
男の子の事件で、ネット上に部落差別が溢れている。
これ、何も知らない人たちが見て差別が再生産されたり、またはその地域に住む子たちが不当に、不要に傷つくことがあるんだろうと思うと気が重い。
少数、それは違うだろ。と言っている方も見かけるのが救いか。
( つかれました )
11時に第一報が来て、12時から作業に着手でき、13時にトップまでの確認を終えなければいけない仕事……完
風にたなびく新しき村の旗
さて、おやすみなさい。
たまに帰路が一緒になるお姉さんは、20歳で御尊父を亡くされたという。
時折父親の話をする時のお姉さんは、お父さんを好きな単なる娘さんで、年の功を感じさせ社会的に色々な役割を担ういつもの姿とは異なる。
私はそれを感じるのがとても好きである。
世の中、父親を好きな娘ばかりではないだろう。私もそうだし。
それでも、その喪失におそらく悔いを抱える者同士として、私が持ちえなかった生前の父親への純粋な愛着を他者から感じるのは、なんとなく自分も許される気持ちになるもので。ねぇ。
朝ごはんに食べたマンゴープリンが美味しくて嬉しかったのですが、それはそれとして胃がもたれました。
しかし、実篤の人間讃歌はすごいなぁと思う。
草木でさえこんにも美しいのだ
人間が人間を
讃歎できないはずはない
という末尾だけども、私は自分の感覚として、基本的には人間よりも犬や猫、鳥や馬などの動物、そして草木のほうが静かで美しいと思っている。
でもそもそも、私が本を読むのは自然の美しさに触れるためでなく、人間を讃歎したいからだよなぁ。とも思うのです。
全盛期に保育園として使われていたらしい都電の車両と新緑。
新しき村 村旗
武者小路実篤の理想を具現化した、「新しき村」を訪れました。
ずっと行ってみたいと思っていたのですが、ようやっと。
なんてのどかな。なるほど、理想郷だ。と思いました。
開村100年を超えた今日もなお色褪せた村旗が青空に悠々とはためく様は、みていて非常に気持ちがよかったです。
「四海同胞」といい、青は海を、中央の四色(黒、黄、赤、白)は人種を表しているとのことです。
かわいい両手鍋ですね☺️