この手の話だと、自分はフィクション明示を曖昧にしてるホラーが「割と好きだけど、良くないと思ってる」ジャンルで、楽しみの構造がその曖昧さに乗ってるために抜くと瓦解しかねないけど、現実とフィクションを区別すべきという理念に基づけば批判もされるべきものとも思ってて。
ただ、それで迷惑をかける事例があるかというと、霊的な存在以外嫌悪対象として流布してないんだから、特定の地域の住人を悪く言うとかでなければ、スパイス程度と済ませるべきなのか?みたいに、逡巡がノイズになりがち。
なので「この物語はフィクションです」は、モキュメンタリーでも茶化さずしっかり入れて欲しい派。
Posts by CarasOhmi@様子見
差別を楽しむコンテンツと、差別を楽しむ者の醜悪さを批判するコンテンツ、その線引きが極めて繊細で、社会的意義を標榜して差別心を刺激する作品や、極めて露悪的な作風ではあるけど信念のもとに書いてる作品、作者自身も曖昧になってる作品、現実の差別を厳しく批判しつつもフィクションを切り分けてる作品、色々あるだろうし、単純な二元論で語りにくいところはあり、それでも傷つく当事者がいることから目を背けるべきでもないし、どのラインがすべての領域で最適になるのか、無限に悩むところではある。
広く楽しませる一品向け娯楽作品は大なり小なりポリコレを意識したほうがいいと思ってるけど、ゾーニングされた不道徳なエロマンガにポリコレを持ち込むのは流石にアホかと思うし(同時に不適切な層の目に届かないようにする努力はすべきだけど)、その一方でフィクションだからと社会的弱者への差別バンザイな本を出版していいのかとかは悩む部分でもあり(読者や当事者はそれを現実と切り離せるほど理性的ではない)、それをアウトとするとあらゆる人権搾取の描写は自粛を容認することに繋がりかず萎縮するし、本当この辺りは一筋縄では行かない。
原理的な表現の自由って、とんでもなく覚悟のいる思想だと思う。
当事者として「法と理念と欲望と良識と寛容」の綱引きは、極めてデリケートな世の中になったなと思う。
世に悪い影響があるという批判をされたり、それが商業的に悪影響を持つのは仕方ない面があると思いつつ、公共の福祉の範囲内での利害調整で解決すべきであり、少なくとも国家権力が介入しちゃいかんというスタンスだけど(必然、社会集団による自主規制推進への批判は控えめになりがち)
自身の自由だけを守ろうという「甘い表現の自由」は、やっぱり「身内」がやってるのも不愉快には思う。
「スケベ表現を守る重要性」は共感しても「スケベ表現だけが国家に守られればそれでいい」とは思えないように、ちゃんと「表現の自由」になる整合性を意識しようぜ、という。
「アニメに表現の自由は必要だが、ドラマは規制されてもいいよね」系のオタクと言ってること変わらんし、根本的に表現の自由の話をする際は、自分の嫌う表現の話を引っ張っちゃアカンのよな……。
個人的な道徳観で唾棄すべき表現物は常に存在するものだけど、表現の自由ってのは恣意的にそれを選択した時点で破綻する概念なんよ……。
ゾーニングは考えようね、うまいこと世間と折り合いをつけて醜い表現も受け入れられる世界を作っていこうね派だけど、未成年と大人のBL書いてる人が「これはフィクションであり未成年への搾取には警鐘を鳴らしていきます」におおーと思ってたら、「未成年女性に対する性的搾取描写は避けるようお願いしました」は、流石に「未成年への性的搾取は男女関係ないし、単純に主たるターゲット層に心理的安全性を与えるための話にせよ、それをこの場面で言うのが『男性未成年とのロマンスはフィクションですが女性未成年は現実に影響与えるのでアカンよね』文脈になって、無神経になると気づかんのか…」とは思った。
[Tokyo] #picotachi vol.81 this Saturday (April 25th) at @picopicocafe.bsky.social // 7pm~, cafe open from 2pm // DM us if you'd like to show or talk about something (tiny / WIP projects welcome), or email: picopicocafe @ gmail
☕ More info: www.picotachi.com
……ちなみに、ゲーム業界ではAAA指向で開発費が増大したりとか、漫画やアニメも機材やソフトの高級化があるわけで、先進地域と同じ土俵で戦えるわけでは無いっていうのも事実とは思う。
教育を受ける第一・第二言語に英語が存在するかどうかって所もあるし。
だから、「やる気さえあれば地上のどこででも創作は出来る!」なんて寝言は言わないけど、それでもやっぱり創意工夫と熱でジャイアントキリングを狙うクリエイターは、応援したくなるな、とも。
なのでまあ、万国のクリエイターは、牙を捨てず闘い続けて行って欲しい。
実際として、ツイートを「表現」と読むのなら、海外の海賊版事情って情報は「自分の知らない世界」を開いてくれたわけで、反目の悪化に対して理性的な非との言葉はやっぱり、新たな扉を開けてくれたなって気持ちはある。
つまるところ、日本がなまじ金持ちになってしまった故に見失った価値観を、そうした地域の人々は実感としてホールドしてるわけで。
それを世に問うのは政治や社会体制との闘いにもなるから一筋縄にはいかないし、無責任なことは言えないけど、でも、そこにはやっぱり世界を前に進める「希望」はあるのかな、とも。
なんとなく海賊版に対する自分の答えが出てきたかも。
世界には日本(及び経済的に豊かな娯楽先進地域)のコンテンツを買えない国が数多くあり、そこに寄り添うのは人としての道でもあり。
けど、「恵む」ことは相手の尊厳を認めないってことでもある。
日中韓米……比較的経済も豊かで権利意識が強い地域はコンテンツ創出にプライドがあり、国際関係とは関係なく互いのコンテンツはライバル。
自分は、ネトウヨのヘイトを踏み砕いていく中韓のビッグタイトル浮上にすごいワクワクを感じてて、全世界が日本のライバルになって欲しいから、「海賊版の受容」なんて飴で飼いならされて欲しくないのかも。世界にもっと面白くなって欲しい。
冷暖房が壊れて熱のこもりやすい家で仕事してるので、いい加減ストレスがぶっちぎってきた。はよ修理出さんとだけど、ここしばらくで色んなツケが一気にしわ寄せになってきた。
SNSの改悪みたいなこと公共サービスですなーっ!
結局、時間を見つけて役所に行くことになった。
Make Japan Imamade-douri Againで出馬したい。
あっても大して便利でもないのにないと困る、朝から晩まで働かされる国に生きてるのに、日中しかやってない役所の都合に振り回される、それでいて既存の仕組みはそれに依存させられ使えなくなり、新たな個人情報として管理を強いられ、ちゃっかり税金の徴収には有効活用される、国にとってだけ美味しい仕組み。本当だる。
色々と切羽詰まったのでマイナンバーカードを申請することにしたけど、国民の番号管理がどうこうみたいな話じゃなく、シンプルにシステムが欠陥だらけな上に、一般的な社会生活を送る人間は多大な面倒を被る仕組みになってて「この制度設計した責任者出てこいや」とガチギレして一人ぼやいてたら窓が空いていた。泣きたい。
(うかつにセンセーショナルな感情論に流されると、排外主義や偏屈な理想主義に傾倒して、ろくなことにならないなという危機感を持つ)
他者の弱さを認めつつも正しい道理を見極め、己の恥を知り傲慢を捨て、愛する何かを素直に応援できる、そんな人間にならないとなと思う。
海賊版論争の国内外の声で人間嫌いが加速し、自作を遊んでくれる国内外の人の温かい声で人間への希望が加速し、ものすごい短い周期のサインカーブみたいな情緒になってる。
……別に全部がイーロンのせいとは言わないけど、こういう話題は閲覧伸びてメシウマなんやろなぁとは思う。
流石は、対立煽りマスターのイーロンくんだぜ……!
つまるところ、流通にコストがかかり過ぎる、それでいて言語的断絶がありメイン市場を脅かさない世界では、海賊版を看過した方が、功利的には正解に近いというか……。
なんか救われないというか、ネットも世界を一つにはしないなぁ……。
でもまあ、なんというかこれが「暴走した一部」ではない「世論」であるのなら、やっぱりこう、救われなきゃいけないよなとは思うし、プラットフォームと並行しつつ、後世の人々が健全な世の中を生きられるように、現在を生きる可愛そうな人々を裁き、倫理を正す必要も出てくるんじゃないかな、とも。
そして、傲慢で臆病な日本人の自分としては「日本のコンテンツの独占」なんかより「自由で良識ある平穏な社会が、知財意識を育み、魅力的なコンテンツをリリースしたら、日本のコンテンツ覇権は脅かされるのでは?」みたいなところも。
究極、表現者ではなく営利企業としては、コンプラ意識を獲得しないほうが独走を保てるよな、と。
「本邦では、財産とは物質をさすものであり、コンテンツのコピーはそれに当たらない」「市場は放っておいても新たな作品を供給し続ける。辞めたいなら辞めろ」「日本人はコンテンツを独占する傲慢な連中」みたいな書き込みを多々見て「お、おう……」と何を言えばいいのかわからなくなった。
世界中の人にコンテンツを楽しんでほしいというのはクリエイターの本懐であっても、当然尊厳が軽んじられるのは誰しも不愉快だし(お前らの作るゲームは楽しむけど財産なんて大層なもんじゃねーよ、と言われてるに等しい)、とはいえその知財認識も社会制度や教育の不足によるもの。
「救うべき人は救いたい姿をしていない」の一例だなぁ、と……。
海賊版の話、見れば見るほどしんどいというか、「そこの認識から共有しなきゃいけないのか……?娯楽にアクセスできないのは気の毒だし、日本人の傲慢もわかるけど、知的財産の概念を理解してない人が多すぎて、これ相互理解無理やろ……排外主義の分断工作とかじゃないよね?」となって。
思うに、ご当地バーベキューでキャッキャできるのは、ひとえに日米が金持ち国家だからなんだなぁと、すごく渋い気持ちになる。
でもまあ、表舞台から割れを駆逐した日本の方向性は、職業開発者として正しいとしか言えないし……。
……世界平和は遠いぜ。
人間は完璧じゃないし、文化の差異はあるけど、やっぱりどんなスタンスでも他者の尊厳を踏みにじって開き直るのは醜悪ではあるよなと思う。
他山の石にしたい。
罪を恥じて公にすることを避けることが正義か、罪を認め公に話すことが正義かって話、前者は「隠せば罪にならない」という卑劣を、後者は「罪を話せば許さなくてはならない」という開き直った傲慢を生むので、「恥を知った上で罪を話し、裁かれることを受け入れる」だろうなと思うけど、進んで不利益を受け入れる罪人なんて、そりゃおらんわね。
なんか、百鬼の忍がちょっとだけ動いた。
……自主企画も参加してないし動く要素ないけど、なんでだ……?