ハトヤホテル本館の裏手通用口
作画資料にどうですか
Posts by 吉良理人@試験運用
例の建物
一日無事に仕事終えると「ありがてえ〜」ってなる もう健康や死なないことがタダでないお年になったので
うちのセローさん(2018年式/B7C1で設計としてはFinal editionと同じ)
海ほたるPA 5Fより川崎側。日中であれば「風の塔」が見えるが、さすがに夜は暗くて良く見えない。
海ほたるPA 5Fより木更津側。川崎側は海底トンネルだが木更津側は橋で海の上なので、夜は良い感じに見映えがする。
川崎側から海ほたるPAを利用する二輪者には駐車場から近くて利用しやすいセブンイレブン自販機。サンドイッチや弁当も売っていて夜食購入もお手軽。
夜に二輪でまともに出掛けることがこれまでなかったのだけど、今日は仕事を終えてから思い付きで海ほたるPAまで走ってみた。
日付変わって間もなくの時刻なのでさすがに店は軒並み閉まっていたけど、4Fのセブンイレブンは開いてたので納豆巻きと明太子おにぎり、玄米茶を買って夜食にした。
セブンイレブンといえばバイク駐車場から近い1F入口近くにセブンイレブン自販機があるのよな。弁当も売ってて電子レンジもあるので、4Fまで上がるのが面倒なときはこっちも使えるなぁと思うなど。
松のやの食券番号がループする瞬間に立ち会った。
「クリエイターにもコミュ力必要」話、それはそうなんだけど社会不適応者で漫画書く以外はどうしょうもない人を編集が面倒みて売れっ子として掬い上げてきた側面はあると思うの(俺なんかも近い所はある)個人事業主として自立できないと死ぬぞ!というお言葉は真理だとしてもサバイブするに足るだけのスペックが全部揃ってなきゃスタートラインに立てない自己責任地獄のシバキ主義的状況は最終的には業界を痩せ細らせるだけなので、やはり掬い上げシステムは業界あげて作っていかないと行けないと思うんですよね おれは処世術に長けてるが漫画の出来はお粗末なやつが業界で生き残るシステムは、それほんとにいいことなの?と思っちゃうので
翌日は高速で東京に帰るだけだったので割愛。
以上、GW2024旅の記録。
喜多方市から福島市内の宿に帰るルートを出したら、一旦山形の米沢に出たほうが近いらしい。途中で 道の駅 田沢 なごみの郷 にて休憩。
福島県には喜多方ラーメンというご当地ラーメンがあり、やはり食べねばと思い、「喜多屋」さんに向かったのだが、山形の時と全く同じパターンであった。残念。
白虎隊記念館と、お土産の木刀。
日本の観光地では何故かよく木刀を売っているが、その大半はここ会津若松産らしい。
江戸期まで現在の青森、岩手、宮城、福島の4県に当たる地域は陸奥国という最も広大な一つの令制国であり、奈良平城京の時代、蝦夷(えみし)と呼ばれた北方の異民族に対抗する防衛のための軍事拠点「多賀城」が現在の宮城県に置かれて以来、蝦夷との緩衝地帯として扱われた地域に端を発している。戊辰戦争では東北と北海道が旧幕府軍のホームとして機能したため、終結後分割された。
旧陸奥国に当たる4県全てかは知らないが、宮城県の小学生であった俺は修学旅行でこの地を訪れ、白虎隊のエピソードを知ることになった。宮城、福島での認知度は高いと思われるが、他の地域でどの程度知られているかはわからない。
鶴ヶ城を訪れたら、今度は飯盛山に行かねばなるまい。
戊辰戦争の中の会津戦争と呼ばれる局面において、この会津若松は戦場となった。その折、会津藩白虎隊士中二番隊のエピソードが語り継がれている。
荒城の月碑。土井晩翠「荒城の月」はこの鶴ヶ城と青葉城(宮城県仙台市)がモチーフとされ、その曰く付きで詩碑が置かれている。
ちなみに土井晩翠の読み方、当初「つちい」だったものがあまりにも「どい」と間違えられることが多すぎて、本人もワザと混ぜこぜに使っていたそうで、最終的にはどっちでも良いらしいが、本名は「土井林吉(つちい りんきち)」とのこと。
会津若松まで走り、鶴ヶ城公園。
鶴ヶ城は会津若松城の愛称。山形城が霞城と呼ばれたり、甲府城が舞鶴城と呼ばれたりするのと似た感じ。
濃厚抹茶ソフトをいただく。濃厚と冠するだけあって、抹茶の鮮烈な渋みが甘ったるさを抑え風味が強く美味しい。
磐梯吾妻スカイラインを抜け、道の駅 猪苗代 へ。
駐車場から猪苗代湖を臨む。ポークカレーが美味しそうだったのでいただいた。
浄土平レストハウスの駐車場、鉄パイプの柵が赤べこだった!
そして福島県。
磐梯吾妻スカイラインを走りながら目にする風景は筆舌に尽くしがたい。ただ浄土平レストハウスに着くまでの間に有毒な火山ガスが噴出している地帯があるので、その警告を目にしたら速やかに通過するべし。
山形県は一世帯あたりの外食における中華そば(ラーメン)消費額が全国トップクラスの県であり、漫画「ラーメン大好き小泉さん」でも言及されている。そんなわけで山形でラーメンの一つも食べていくべきだろうと、赤湯ラーメンの祖と目される「龍上海」の山大医学部前店に向かったのだが、着いた頃には既にその日の分は終了、何とか間に合った人がお店の前で待っている状態であった。残念。
霞城公園。山形城跡が公園になっている。
山形県から秋田県あたりにかけての地域は戊辰戦争後の明治2年に分割されるまで出羽国という広大な令制国であった。
騎馬像は山形城主の一人であった最上義光(もがみよしあき)。出羽守の官位も持っていた人物。
天童市は奥羽山脈沿いの内陸部なんだけど、出張牡蠣小屋が出てたので三陸産牡蠣を貪り食ってきた。
※三陸海岸は岩手を中心に青森から宮城まで広がる太平洋岸の地域。
道の駅 天童温泉。
足湯とかある。自販機のラッピングも将棋をアピール。
自分は小学生の時クラスに将棋好きなやつがいてその影響で少しだけ齧ったことがあるだけで、結局強くなどなれなくて将棋から離れてしまった人間なんだけど、その時期に読んだ将棋の本で天童市と人間将棋のことを知って行ってみたいと思った事があった。まあその当時から数えれば約40年越しで行ったことになるw
天童駅に併設された「天童市将棋資料館」に行ってきた。
館内は基本的に撮影禁止だが、最後の方にある「人間将棋のジオラマ」は撮影可能。
天童市では「人間将棋」というイベントが年一回4月頃に行われており、鎧武者姿の人が将棋の駒となり、棋士の指示の下動いて将棋盤を成すという。指し手も名のある棋士の方が努められたりするので、将棋に興味のある方はぜひ。
参考: www.ikechang.com/chess/
続いて東北は山形。
木製手彫りの将棋の駒は高級品だが、その大半が山形県の天童市において職人の手で作られている。
天童駅前にはこんなモニュメントや郵便ポストが。モニュメントの字を手掛けた方の名前にも注目(二枚目)
最終日は佐野市に赴き、日向屋さんの佐野ラーメンをいただいた。
初日に食べた宇都宮餃子
おもちゃのまち駅