某宗教団体の駅前勧誘が盛んになっているのを見ると、いかに世の中に不安が満ちているか、それを利用したビジネスが跳梁跋扈しとるなと肌で感じる
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なるほどです…興味深い実例ありがとうございます!✨
その人たちの場合、自分たちは「本来」出世して家族を得て…となるはずだったのに、それができなかった
その人生を阻止したのは政府による政策の失敗に過ぎないのに、それを女性が社会に出たから・弱者が足を引っ張ってるから・外国が調子に乗ってるから…などの日本人男性としての特権性やナショナリズムにすがってしまった(?)
だからこそその「特権」を取り戻すためにネトウヨになった…
という感じでしょうか?🤔
余談ですが、私は戦間期を主な研究対象としておりますので、「むかし」というと第一次世界大戦より前、「最近」というと第二次世界大戦より後、という時代感覚になっています(笑)
この辺は私の研究対象なのでつい語ってしまいますが、1920年代から戦時体制期までの「戦間期」というのは、都市化が急激に進展、都市部に新中間層=サラリーマンが増加して、今の私たちが「普通の生活」「普通の働き方」「普通の人生」と思うものが普及した、近代から現代へ移行する時代なんですね。
もちろん、日本全体ではまだ過半数が地方で農民やってる時代ではありますので、都市化の過大評価はいけません。1920年代に登場した芽が花開いて、日本中を本当に覆いつくし「普通」になるのは、1960年代の高度経済成長の時代です。でも第二次大戦がなければ、それはだいぶ早かったでしょう。
x.com/mitsuki_miko...
これは丁寧に調べた作家さんGJですが、「大正時代」って難しいんですよね。第一次大戦をはさんで急激な工業化と都市化(≒西洋化)が進み、おまけに東京・横浜じゃ関東大震災のリセットもある。わずか15年なのに、最初と最後でかなり変わっているのが大正時代と言えます。
だから時代区分として「大正時代」というのはいまいちうまくなくて、教科書とかでは使ってると思いますが、専門書ではあんまりそうはしません。第一次世界大戦前後で分けて、それ以前は明治の続き、大戦、戦後は現代的社会の始まった新たな時代「戦間期」として論じることが多いように思います。
先日「サンライズ出雲」乗りに出雲市まで行ったら、「ばけばけ」便乗商品でお土産コーナーが賑わってましたが、そこで怪談ネタで誰しも思いつきそうだけどやらなさそうな商品を見つけてつい買ってしまいました。題して
「ほういちの耳まんぢう」
開けてみると、あんまり形はリアルじゃないですが、リアルでも始末に困るといわれればその通りです。
食べてみると、白あんが上品でそれなりに美味しいですが、もし普通のあんこだったら、それはそれで齧った断面が……
うちの息子が幼稚園を卒園したので、先週幼稚園へ卒園式を見に行ったところ、教室に将来の夢を各人書いたものが貼ってありました。いちばん感心したのは「はくぶつかんではたらく」というのでしたが、彼が学芸員資格を取れる頃、日本にまともな博物館が残っているでしょうか?
digital.asahi.com/articles/DA3...
内政・外政含めこれだけ問題が続出しているトランプ政権であっても、「AIに対して緩和的だから」という理由だけで彼を後援する「団体」。彼らが標榜するのは:
・州レベル規制もNGとする完全に自由なAI利活用
・その前提となる米国による寡占的エネルギー確保
・AIサービスの海外輸出
米系テックはAIを「世界中から永遠に利用料=レントを課金・徴収し続けられる、不滅のキャッシュカウ」だとみなしている。
申惠丰『国際人権入門』(岩波新書、2020年)は、日本の司法において、人権の概念がいかに歪められてきたかを記録している。
例えば最高裁判所の「マクリーン事件判決」(1978年)では、日本に住む外国人にも基本的人権はひとしく認められるものの、外国人の在留許可は入管の裁量で左右できると認めた。つまり、外国人に対しては日本国憲法よりも入管の恣意的判断の方が上位にあると言っている。
この他、私人間契約にあたる雇用契約では憲法は適用されないだの、いろいろな理屈を付けて、日本に住む人々の人権は制約されてきた。
日本の司法、行政は人権の理解が(故意か偶然かはさておき)足りない。進歩の余地は大きい。
なぜか上記ポストが浮上している。
補足をひとつ。上記の投稿は世代論を含まない。若者批判と捉えた意見があったが、それは誤読である。
私はむしろ、戦後一貫して日本の人権教育は本筋から外れていたと考えている。「かわいそうな人」の属性を示し「差別しないよう、思いやりましょう」と教えてきた。もちろん差別撤廃は重要な目標だが、この教え方のままでは、多数派は「自分は人権で守られる側ではない」と誤認しかねない。
人権には大前提がある。「すべての人」を主語とし「誰ひとり取り残さない」よう世界的に合意した国際法として実装された。
この最も大事な部分を、日本の行政、司法、教育はスルーしてきた。
現状に不満がない人(むしろ増税されたり規制されたりすると不利になると思っている人)は、「現実を見ろ」が好き(テック富豪、多くの知識人)。
現状に不満がある保守派の人は、現状を変えてくれそうに見える権力者に共感する(MAGA、サナエ支持者)。そして「現実を見ろ」という。
現状に不満がある進歩派の人は、「現実を変えて前進せよ」と唱える。
問題は、前進して目指すべき理想が、人によって、政党によって、ちょっとずつ違うことだ。
私の場合、「人権状況の前進」は共有可能な目標だと考えたが、それは甘い考えだった。「人権に関する意見の違い」は、日本の教育の大きな成果(注:皮肉)だと思う。
軍国主義や国粋主義を否定して戦後の社会が築かれた結果、そうやって否定されるものに寄る事が大人の社会への反逆、体制への抵抗のように思えるってのもあるかも。世界サブカルチャー史でも言ってたけど、かつてカウンターカルチャーだったものが資本主義に取り込まれた結果ただのカルチャーになって、カウンターのカウンター即ち右派が新しいカウンターカルチャーになったと。
【桜のボーナスタイム】
関東の桜が終わっても、北の桜シーズンはこれから。十年あまり前は、その時間差を狙って東北方面へ出かけることもありました。
写真は、ゴールデンウィーク前に撮った山形新幹線のE3系つばさ。おしどり色の新塗装車が登場しはじめた頃ですが、それさえも今や新型のE8系に置き換えられて、過去の姿となりました。
(平成26年)
【10年前の桜撮り鉄】
夜には、相鉄弥生台駅のホームの夜桜ライトアップへ。やって来たのは、ネイビーブルーにリニューアルされる前の9000系。今では見られない姿です。
写真に写るのは幻想的な世界ですが、現場では、カメラを持った黒い影がフェンスにいくつもへばりく異様な光景が広がっていました。。。
(H28.4.2)
道路陥没 車はまり動けず 地震で水道管破損か 宮城 | NHKニュース 【NHK】21日朝早く、宮城県石巻市のJR仙石線の踏切近くで陥没した道路に乗用車がはまって動けなくなり、JRが運転を見合わせています。地震の揺れで地中の水道管が壊れて漏水し道路に穴が開いたとみられていて、水道の news.web.nhk/newsweb/na/n...
6色の昔のアップルロゴ
グレー一色の最近のアップルロゴ
中心を空でくり抜く。なんなら禅的とも言えますし、日本の文化にも調和したアート表現です。
行われているのはアイコンの美的な翻案であって、これが侮辱だというならもともと6色だったアップルロゴが単色になったのも侮辱的ということになってしまいますね。
憲法9条は大事だと思っている私でも、国際関係の緊張に合わせた防衛政策は必要だと認めるに吝かではありません。しかし高市政権の向かっている先は、わざわざ危機を煽り利益にならなさそうでも派手なことをやりたがり、危険な火遊びに思えてなりません。やるべきことは他にあるのではないでしょうか。
「日米同盟は黄金時代」って、幻想に酔いしれ、視野狭窄に陥っているだけだろ。アメリカしか眼中になく、周囲の状況を見ることもできないまま、世界から取り残されていく小国の末路や如何に。
しかもいまのアメリカ大統領は、稀代の独裁者。"黄金"どころか"酸化鉄"じゃね?
news.yahoo.co.jp/articles/364...
ピーター・ラブスカフニ(ピーター・ラブスカフニ)が今季限りで現役引退を表明した。2019年W杯では日本代表の主軸として体を張り続け、歴史的勝利を支えた不屈のタックルは今も記憶に残る。クボタスピアーズ船橋・東京ベイで貫いた献身のキャリアは、最後の一戦で何を刻むのか。
#ラグビー
plentyofquality.net/entry/2026/0...
買って読みました。
これだけ作れるのは憧れます
まずもって、この戦争が長引くこと前提で武器を作って売らんとすんのをやめろ。
平和憲法を持つ国の誇りを持って、戦を止めろ。
#殺傷武器輸出反対
この構図がインターネットの普及により大きく変化し、一個人が共同体の一員になることなく、社会に発信し影響を与えられる時代が到来しました。でもその社会は、個人に自由をもたらす代わりに、一個の硬いレンガとなることなく、砂粒という無力な存在のままにするものでもあります。そして、その砂粒を固めて城を作ろうとしてもまともに建立されるはずもなく、あちこちで崩れ落ちます。それがネット発のポピュリズム社会の構図であり、これに陥った国や地域が迷走するのは必然です。
だから、健全な民主主義社会を再建するためには、個人をレンガ=共同体として焼き固める必要性を強く考えます。
まともに機能している社会って、レンガ積みの家屋みたいなものだと考えてます。一人一人の個人をしがらみによって焼き固めた、職場や地域や家族という小規模な共同体としてのレンガ、それが積みあがって結合することで大きなブロックができあがり、最後には国家という一軒家の完成に至る。だからレンガひとつひとつとその元となる個人の存在を、一軒家=国家は疎かにすることが許されない。
冷戦期からポスト冷戦時代まで間接民主制または民主共和制を採用した国家が安定していたのは、このような構図の建前が維持されていたからです。
昨日もこう書きましたが、いま日本が取るべきは、「レンガ」としての個々の共同体と、それを結合させた「一軒家」としての、「マス」の再構築だと考えてます。
左右(もはやこれもあまり意味のある概念ではなくなりましたが)のどちらであれ、社会を「壊す」方向ではなく「築く」ことが必要なんです。
それに、国会前デモのペンライト勢やピクニック勢やその声に触れると、「社会を壊す」ことの反対側を志向する空気を感じます。その意味で、日本はまだ欧米圏ほど危機的な状況ではないのではないでしょうか。
その空気を、国会議員から個人としての市民まで含めた、すべての「政治」の側は適切に代弁し、表現すべきだと考えてます。
この文書は、『帝国憲法改正案議事録』(国書刊行会)には掲載されず、国立公文書館や国会図書館にも存在しない。この三笠宮文書を大切に保存していたのが羽室ミチ子であった。
これら貴重な史料を読み解くために重ねられた市民による研究会の記録を集大成。日本国憲法制定から80年、その重みを考えるいまこそ読みたい!
日本政府、武器輸出規制を緩和
戦後平和主義からの転換
www.bbc.com/japanese/art...
戦後80年、平和憲法を持つ日本国が、遂に武器輸出の制限を緩和し、殺傷能力のある武器の販売を始めることになった。兵器で稼ぐ、死の商人の戦争加担国家に。その兵器は人を殺すのだ。日本国民、本当にそれでいいのか?
戦後80年、日本に住む私たちはアメリカ合衆国のアイデアを輸入して使い回すことを続けてきました。IT分野では特に顕著です。経済学分野では新自由主義のアイデアが日本で猛威をふるいました。
ただし、いまやアメリカ発のアイデアが「おかしく」なっているケースが増えてきました。パランティアは企業自体がファシズム指向であることが明らかに。そして大手クラウドサービスはいまやテクノ封建領主となった。
アメリカ発のアイデアを無批判に受け入れるのではなく、国際社会が共有するアイデア群、特に人権のアイデアに照らして評価することが、求められていると思います。
一方で、世界ではニヒリズムや"リアリズム"、冷笑が蔓延し、民主主義が後退して専制主義が台頭、特に世界最強の経済力と軍事力をもつアメリカ合衆国で、新たなファシズムが始まっている。
戦後国際社会の価値観への「故意の無知」がはびこっている。
最近、日本でも話題になっているピーター・ティールの怪しい宗教的政治論や、アレクサンダー・C・カープの「パランティア・マニフェスト」、それにイーロン・マスクらの差別扇動、これらは、人権のアイデアを筆頭とする戦後国際社会のメインストリームの価値観への逆張り、嘲笑です。