「なつかしさ」って、私の中でいちばん表現したい大切な感情かもしれない
Posts by 岬ロカ
ぼんやりとしたイメージだと、登場人物たちの何かに対する「憧れ」の感情と「なつかしい」という心情を対概念、あるいは表裏一体で描くような物語にしたいですね
一次創作ではひとつしか作品を出してないと自分の作風がその一作すべてになっちゃうからねえ。もういくつか書いてその中で共通する「岬ロカとはこういう文書きだ」っていうのがほしいやね。
わかる……私もオースティン著「説得(説き伏せられて)」に救われた一言がある
古典を読む目的はまず一番に「楽しい~~!」があるけど、はるか昔の優れた文豪たちが現代を生きる自分と同じ感覚を抱いていた事実への驚愕とか、今も昔も変わらぬ普遍性の発見とか、時代を超えた交流…的なアレソレも好きなんだよね
まあ私はそれを全部「不思議な気持ち~~!知見!!」の一言で消化してしまう阿呆なのだが…😭
『嵐が丘』のヒースクリフが、「この世界のすべてが、かつては彼女が自分のそばにいて、そして今はもう永遠に失われてしまったということを書き散らかした膨大なメモみたいなものだ」(うろ覚え)と言った時、わたしは救われた。
これは自分の場合だけれども、古典の中にこれは自分に言われているようだと思うことばを見つけると、それを100年とか200年とかそれくらい前に書いた人がいて、それが今もずっと世界中の人たちに読まれているという、その事実だけでどこか「救われた」ような気持ちになるんだ
今の自分のために、もう一度上げる。
Lolitaはご存知『ロリータ』のヒロイン。ジルーシャは『あしながおじさん』の主人公ジュディの本名。
これは同じ年齢差カプでも『ロリータ』のような男性から見て扇情的な少女への退廃的で破滅的な性愛ではなく、『あしながおじさん』のように女の子が相手の紳士と精神的に対等な関係を築きながら成長していく関係性の敬愛ロマンスを愛でたい、という趣旨の標語です。
古典文学の好きな年齢差カプについての話題をネットなり同人誌なりにまとめたいなあという考えがずっとあって、なんも進んでないけど今日そのスローガンみたいなのだけ思いつきましたです。
「Not Lolita, but Jerusha」
何も書けないんだけどそれはそれとして創作とか文学のお話したさあります。
今年の目標はとにかく新しい環境に慣れて健康的になることだなあ
ロチェスター様、ダメな人にはとことんダメってのはわかるんだけどね。わかるけどそれ含めた可愛さと彼なりの歪みの原因になっている「怒り」を受け入れてあげないとね。まあ私は彼が好きなので贔屓目です。
今読んでる評論、ジェイン・エアを論じているが男性である著者がロチェスター様を好きではないようなのでちょっと自分とは合わないかも。
それがいいとか悪いとかではなく、過去の時代を書いた話ってあまり細かい資料的情報を入れると、現代の作者が書いてますよ感がすごく出る。
実際に当時の人がその人の「現代」を描いた小説は、着てるものとか食べるものとかのことそこまで細かく描写しない。
自分が投稿してるサイトの名前で検索して、その言葉さえポスト内にあればこっちの作品にひとつも興味ないだろうに手当り次第反応して見に来てもらおうとする人、苦手ですねえ
転職後、何をやっても自分が愚か者に見えてしまって、同業他社で過ごした12年くらいの時間で応用可能なものが何も得られてなかったのは自分が頭が悪くてバカだからだ、という思考にずっと陥ってる。
その方が意外にマッチするのか、それともファンタジー要素のある作品がいいんだ!という人を取りこぼしてしまうのか、どうにもわかんないのよね
客層合いそうと言われたカクヨムはいつも言ってるように「現代ファンタジー」と「異世界ファンタジー」しかないのでミンネザングは入る場所がないんだよね。「歴史・伝奇」にするしかないという
別サイトへの掲載はノベルデイズがエピローグまで終わったらにしようかな。少しずつでも何かしら動かしてることが重要かなあと
これはひとりのフォロワーさんではなく複数いらっしゃいます。本当に光栄な話です🥹
私の作品が入口になって、オースティンとかブロンテを初めて読んで、今まで気づいてなかっただけで自分はこういう話が好きだったんだ!と気づいたというフォロワーさんがいる。
私はそれを聞いて、もしかしたらこれって私が創作してきた中で起こしたいちばんの「いいこと」だったんでは?と思っている。
自作に関していうと、このお話おもしろいなと思ってくれた読者の何人かが、じゃあ物語の中でも言及されていて、岬ロカなる人が愛読してきたという近代西洋文学の作品も読んでみるか、おもしろそうじゃん……ってなって、実際楽しんでくれたというのが反応としてはすごくうれしかった。
いろいろ反応を見ていて「おもしろいエンタメ小説」という言葉の定義自体が人それぞれであるなあと思った。
自分の言う「おもしろい」にはどこか知的な部分の興味がそそられる要素が自明のように含まれていて、英語で言えばinterestingの「おもしろい」でないといけない。その場の快楽的な胸スカ、みたいなのではない。
「とにかくおもしろいものを書きたい」という発言の根本が誤解される可能性に気づいて一連の発言は消した。
その推しのことは今でも大好きだけど、公式の方がだいぶおかしなことになってしまっているので、もう昔のように丁寧に描かれた彼と再会することはできなくなってしまった。
でも過去にいくつか素晴らしいストーリーを見せてくれたことには感謝している。
その推しに出会うまでは自分がここまで同担拒否持ちで公式以外のカップリング地雷でBL拒絶者の過激派公式NL厨だとは思ってなかったんだよね。彼という存在は私自身のいろんなことに気づかせてくれたよ……
私がネット上での言動がめんどくさい人間になってしまったのは、人生最大の推しに魂を捧げていた頃、ネットの海が無限の地雷原に見えた時代があって、その頃身についてしまった悪い癖である。
エアリプは好きではないので、基本こっちからもしないしよほどそれが失礼にあたる場合以外は反応もしないです(万が一でも他者宛のものを自分に言ってると思って反応しちゃったら恥ずかしいから)。
エアリプって、特定の人へのメッセージをそれ以外の無関係な多くの人に見せることで時間と手間を奪う行為だと思うから、好きではないかな。
おかげで慢性的な目の腫れ(おそらく前職場で発症したハウスダストアレルギーとの合併症)がなかなか治らないし、本当に困る
とにかく実家と親のこと考えただけで仕事中だろうが電車内だろうが涙が出てくるのやめたいんだよな。
それは悪い感情ではないから否定しなくていいんですよ、とかそういう言葉はいらん。ただみっともないから絶対に泣きたくないのにそれができない自分への苛立ち。
自分がプロ野球好きなのは、毎日店を閉めた後に一日の帳簿をつけている父親の傍らで鳴っていたプロ野球中継のラジオの音声との繋がりが強い。