×組み ○与した
「なんで久徳氏を信長は復活させたのか」というところで、地理的条件を調べてみたのが良かった。
Posts by hijiki_5
多賀豊後守家の勢力圏を説明する上で多賀町から甲良町、愛荘町にかけてを薄い赤色でマスクした。またこうした地域が美濃・伊勢と峠道で繋がっており、多賀豊後守家が湖東交通の要衝を抑えていたことを示す。
藤堂高虎の母が生まれた多賀氏が、地域屈指の有力国人であることを示す図。赤色が多賀の領地として判断できる場所であるが、こうした地域には関ヶ原へ抜ける五僧峠、北伊勢へ抜ける鞍掛峠、(白瀬峠)、治田峠への道が通る。佐和山~柏原方面が封鎖されても、多賀氏が織田方にあれば最低限の道は確保できた可能性?
天正十一年(1583)には羽柴勢も北伊勢攻めのために鞍掛を越えているが、明智に組みした多賀氏が復活したのも地の利が重要視されたか。
7回まで投げたのは偉すぎます
おめでとうございます〜!!!
これは気圧のせいだろ
前回の川口でも田中さんと目があった!と思ってたら今回もあったし、小宮山あかりさん毎回目が合うなってほんとよく見てる。ステージ見てるとき、ステージからも見てるんだよなあっての本当だなって
お出かけマノンちゃん
高虎貧乏足軽説の元はよくわからないが、津藩では『おきく物語』の貧乏足軽描写を「妄説」と一蹴しているので、この成立時期に比べて世に出たのが後々なのが気になる物語を元とするべきなのかもしれない。
津藩は御用商人が生まれた頃から色々見繕ってたとか、姉川の頃から専属の馬具職人がいたとか、そんな由緒を集めてるので、顕彰する中で貧乏足軽説を否定している。
津藩が考えるところの姉川期の高虎というの、最初から馬乗り身分だったことあまり知られていない。武家高名期という高虎の没後から60年ほど経った頃に成立した逸話集では、高虎の馬上での振る舞いと配下の統率、柵や逆茂木の仕掛けなど古老武士を凌駕するほどであった、としている。ほんまかいな、とは思うものの、やっぱり名門多賀一族なだけあるよなあと自分の考える高虎像のベースの一つ
とりあえずリステ月550円だ
ひい〜
中世古記録でも屈指の長さで読むのに一苦労ですが、諸国では血生臭い時期に、宮中や公家関係がどう生きていたのか知ることができるので、大変優れた史料としておすすめです。
また収録期間に限りはあるのですが、国会図書館のサービスで登録なしで閲覧できますので、こちらも是非
ndlsearch.ndl.go.jp/books/R10000...
大事ありませんように…
興奮を抑えられない!!!!とんでもない発見だよこれ
これは先生にメールだろ
待望の編纂所紀要だ!!すごいことになっとる!!!!
そういえば今日は元和5年に藤堂高虎が誕生日と称して餅だの錫だのを配った自称誕生日ですね(旧暦)
開演前着席撮影は日常みたいなものだけど、昨日の2部/夜はスタッフが撮影禁止を呼びかけていたのが特徴的だった。あまりにも習慣化されてて効果は無さそうだったけど、今後は厳格運用していくのかな
疲れたので寝よう
大人しく現実に帰る、明日はいつも通り
あれから2年
リステップは終わって、ゲーム軸からファンクラブを核にした謎オタクコンテンツ(つよつよ声優)になる
リステップ、お前と残り3か月戦うぞ……
さあ楽しもう!
開場遅れてる、開演時間まで30分だが…
早いかな?と思ったけど、あっという間に待機列作りが始まったので、なかなかいい時間に来れたらしい
言継!!?