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Posts by Ichiro Kishimi /岸見一郎

閣議決定された法律案は国会にされて審議されるものと理解していたのだが。憲法を変えず(無視して)閣議決定だけで殺傷能力のある武器の輸出が解禁されるというのは、もはやクーデターといってもいいのではないか。武力を行使したわけではないとしても。

18 hours ago 37 20 0 0

『渡辺一夫 敗戦日記』(串田孫一・二宮敬編、博文館新社)は、渡辺一夫が1945年に書いた日記である。大部分がフランス語で記されている。
「この小さなノートを残さねばならない。あらゆる日本人に読んでもらわねばならない。この国と人間を愛し、この国のありかたを恥じる一人の若い男が、この危機にあってどんな気持ちで生きたかが、これを読めばわかるからだ」
フランス語で書いたのは、個人的な日記においてですら、戦争に批判的な見解を記すことは危険であると考えたのだろう。後になって何があってどう考えたかを書くことはできるが、その時点で書くことは必要なことだと思う。
そう考えて、私は最近日記を欠かさず書いている。

1 day ago 7 1 0 0

アテナイにおける民主制のメリットは、誰もが自由に政治について論じることができ、家柄や財産とは関係なく、能力があれば国事に関わり頭角を表すことができることだった。この能力の中核は言論の能力、弁論術だった。この技術が、真理を語るためではなく、情に訴え言葉巧みに聴衆を説得するために、また、裁判で言い負かされそうになった時に、「弱い」議論を「強い」議論にしたり、裁判員を説得したりするために使われたという問題はあったが、今の政治を見ていたら、そもそも議論もできない人が政治家になっていることに驚かないわけにいかない。

3 days ago 15 6 0 0

AIにAIのことを聞いているのに、バグだとか、問い詰めたら、UIが変わったのを知らなかったなどと答えるのは、首相や防衛大臣のようだと思ってしまった。

4 days ago 9 0 0 0

Claudeをアップデートしたら、チャット/Cowork/コードというタブが消えたので、Claudeに尋ねたら、CoworkはMaxプランでしか使えないとか嘘ばかり答えるので、いろいろ調べていたところ、サイドバー上部のアイコンに変わっていることがわかった。以下、Claudeの答え。
「テキストのタブからアイコンへの変更は、慣れた場所が突然消えたように感じてしまうので、特に説明なしに変わると戸惑いますよね。最近のアプリはUIの変更を当然のように行う傾向があって、使う側としては困ります」
他責の女王とかいってしまいそうになった。あなたは「使う側」ではないでしょう。

4 days ago 4 0 0 0

エアコンを使えない酷暑の夏を、頭では理解できても体感できないので高を括っているのだろうか。

4 days ago 8 2 0 1
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ドミニク・ブリス『パリ文学風景』
エヴァン・ジョセフ、エイミー・エヴンス『ニューヨーク文学風景』(原書房)
コーヒーを飲んで原稿を書いた帰り、隣の書店で購入。

4 days ago 7 0 0 0

今取り組んでいる原稿が難しいところに差し掛かっていてこの数日突破口を見いだせないので、今日は近くの喫茶店で書いている。苦しいけれど、自分で書くしかない。他者が(AIも含めて)代わりに書けるとは思わないからだ。
「久しぶりですね」と店の人に声をかけられた。この人の娘さんと私の孫が今年は同じクラスになったという。こんな話ができるのは嬉しい。

5 days ago 12 0 0 0
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地元の書店に立ち寄った。私が読みたいと思う本はあまり置いてないのだが、今日はヒュー・ロフティングの『ドリトル先生アフリカへ行く』(小川高義訳、新潮文庫)を見つけ、レジに本を持って行ったら、
「この本はよく売れているのですよ」と定員さんに話しかけられた。話しかけられたのは初めてだと思う。井伏鱒二の訳の話にもなった。少し話をした後、実は『嫌われる勇気』の著者だといったところ、本当に驚かれ、平積みにしてあった本から一冊取ってきて、サインを求められた。「よくこられてますよね」。何も買わずに出ていくのも見られていたのかもしれない。

5 days ago 10 0 0 0

プラトンのイデア論の意義は、この世界のものは徹底的に流転し、そこでの価値は、何一つ絶対とはいえないのに対して、イデアこそは絶対の価値であると認めることにある。他方、この世の価値のあれやこれはどれも完全ではないのに、それを理想と混同することを「偶像崇拝」という。

5 days ago 7 1 0 0

連日報道されている小学生の事件は私が長年出講していた高校があった街で起きたこともあってずっと気になっていた。
小学生の孫が動揺している。自分だけでないという意味で、「うちら毎朝、ニュースを見ている」と戦争のことをよく尋ねるが、今はこの事件のことが加わった。
この世界には戦争があり、痛ましい事件もある。真実は教えなければならないし、子どもたちの安全を確保するために必要な予防もしていかなければならないが、過剰な不安を煽ってはいけない。周りにいる人が全て怖い人ではないと教えなければならないと思う。

1 week ago 13 1 0 1

最初は「異例」だった出来事も、一度起きれば「前例」となり、それが基準として意識されると「先例」と呼ばれる。さらに何度も繰り返されて定着すると「慣例」となり、最終的にはそれが当たり前の姿である「通例」へと変化していく。このようにして、法律や憲法は蹂躙されてく。

1 week ago 24 13 0 0

こんな話も思い出した。
私の教えていた看護学校では、生徒は髪の毛を染めることが禁じられていた。ある生徒が教師にこう質問した。
「先生は髪の毛を染めておられるみたいですが、どうして先生は染めてもいいのに私たちはだめなのですか?」
「私は正看護師で、あなたたちは准看護師だから」

1 week ago 9 0 0 0

「法には抵触しない」
「私はそうは思わない」
「 批判は当たらない」
こういえば済むはずはないことをいって、逃げようとする政治家があまりに多い。
「この道だと目的地にたどり着けないのではないか」
「いや、私はそうは思わない。この道でいいと思う」
「この道は行き止まりではないか」
「私はそうは思わない」
「この道は進入禁止ではないか」
「法には抵触しない」
そういって、何をしても法律違反にならないのを許していてはいけない。

1 week ago 31 12 0 0

私が若い頃に出講していた看護学校には、准看護師の資格を持った学生もいたため、喫煙する学生は多かったが、校内全面禁煙という規則があったので、学外で喫煙するしかなかった。ガソリンスタンドの近くで喫煙していると学校に通報があって騒ぎになったこともある。
ある日、教師が学校行事のを連れて講師控室にやってきた。煙草を吸いたいと言い出したようだった。学生に見つからないよう控室に案内したのだが、私がいたため、その教師は驚き、「ここで煙草を吸ってもらってもいいかと尋ねた。もちろん私は断った。校内全面禁煙だったからだ。
およそ規則というものは、守らなくてよい例外特権階級が存在すれば、形骸化していく。

1 week ago 7 1 0 0
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三木清が次のように書いている。
「断念することをほんとに知っている者のみがほんとに希望することができる。何物も断念することを欲しない者は真の希望を持つこともできぬ」(『人生論ノート』)
ここで三木が「希望」にも「断念」にも、「ほんとに」「真の」と限定をしていることに注意しなければならない。すべてを最初から諦めている人は、本当の意味で断念することを知らない。逆に、何も断念できなければ、真の希望を持つことができない。
それにしても、私は振り返ると、すべてを諦めたのでがないが、実際にはできないわけではないのに、諦めてしまったことが多かったように思う。諦める理由を探さないようにしたい。

1 week ago 10 1 0 0

時系列にメモを保存するだけのアプリを作ったことは前に書いたが、iPhoneからは読むことはできても書き込めなかった。私にはどうすることもできないので諦めていたところ、ふと、違う切り口からClaudeに尋ねたら、iPhoneから書き込めるようになった。同期がうまくいかず難航したが、これでiPhoneからメモができる(音声入力をよく使う)。メモだから、「眠い」とか「疲れた」とか、そんなことばかり書いていて、一日が終わる頃にはほとんど消してしまうが、それでも、面白いことを思いついてメモをすることもある(それは別のアプリに書き留める)。

1 week ago 8 0 2 0

総裁選翌日の長崎新聞の記事(2025年10月5日)を目にした。送られてきた荷物の緩衝材として入っていた新聞である。
記事の中で、2015年、当時総務相だった高市氏の補佐官に就任した際、次のように指示されたことが記憶に焼き付いていると証言している。
「悪い情報こそ、ちゅうちょなく教えて」
また、「敏腕な企業経営者に匹敵する決断力があった」とも振り返っている。
「冷静に助言ができる人を周囲に置き、視野の広いチームを構築してほしい」とも語っている。
その後どうなったかは皆が知っているとおり。決断して動かなければ、憲法どころではないと思うのだが。

1 week ago 8 2 0 0

田邊元は、戦時中、戦地に赴く学生に「自ら進んで自由に死ぬことによって死を超える」(『歴史的現実』)と説いた。実際には、国が学生に国のために戦い死ぬことを強制したのだが、田邊は「自発的に協力せしめる」という言い方をしている。何に協力させようとしたか。国家の団結に協力させようとしたのである。無論、協力させられた人は自発的に協力したことにならない。

1 week ago 20 7 0 0

高額医療費の引き上げに反対である。50歳の時に心筋梗塞で倒れ、翌年、冠動脈のバイパス手術を受けたが、その時、800万円ほどかかったと聞いている。もちろん全額負担したわけではなく、高額医療費の制度がなければ手術を受けることはできなかっただろう。自分や家族が病気になることなど、全く考えようともしない、想像力、共感能力がない政治家が多すぎる。

1 week ago 15 4 0 1

ClaudeのCoWorkで今度は一見すると普通のエディタだが、アウトライナーでもあるエディタを作ってみた。Bikeで原稿を書くことが多いのだが、短い文章(例えば日記など)を書く時に、わざわざアウトライナーを使う必要もない。とはいえ、行を簡単に移動できたら便利なので作ってみた。こんなエディタを作りたいと指示するとたちまちできるが、なかなか思っていたようなものにならず、また、バグも多いので、何度も変更を加えなければならない。そんなことをしている間に、原稿を少しでも書き進めたらいいわけだが。

1 week ago 8 2 0 0

イギリスで出版予定の本の校正を、このところずっとやっていた。訳者は川端康成の日本文学の翻訳をしている人で、見事な翻訳だと思った。それでも、ところどころ、こう訳してほしいと思う点があったので、コメントして戻したら、再校が戻ってきた。修正案がほとんど採用されていて驚いた。普通は、翻訳まで原著者がチェックすることはあまりないのだが、出版前に読め、おかげで一緒に本を作っていると思えてよかった。

1 week ago 17 3 0 0

三木清の日記を読むと、言葉の端々から政府や軍の言論統制に引っかからないように書くのは難しかったことがうかがえる。
「この頃何だか書きにくくて面白いものが出来なくて困る。いっそやめてしまおうかと、時々考える」(1938年3月7日)
しかし、三木は希望を失わない。
「心に希望さえあれば、人間はどんな苦難にも耐えてゆくことができる」(「心に希望を」全集第16巻)
その希望は真のものでなければならない。
「危機の正しい把握の中からこそ、真の希望は生れてくる。真の希望というものは、甘い見方から来る希望的観測の如きものではないのである」(「危機の把握」全集第14巻)

1 week ago 9 1 0 0
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気が晴れず、5月刊行予定の本(アドラーの教育論)の校正が進まない。思い立って、ClaudeのCoworkで簡単なエディタを作ってみた。
メモを時系列に記録するだけのものだが。iPhoneでは読み取りしかできないのが残念である。

2 weeks ago 9 0 0 0

父親の体調不良のため昨夜は孫たちが泊まりにきた。朝、イランを石器時代に戻すなんてあかんやろと激しくトランプを批判する姉に同調し、弟はトランプは自分の命を守るばかりで、人の命を何とも思っていない、と。戦争をやめるように日本がいわないとあかんの違う?でも、そうなると日本も石器時代になる?子どもたちは真実を知っている。

2 weeks ago 13 2 0 0
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Xに政治について投稿しなければ、傍観者と見なされるのだろうか。

2 weeks ago 6 0 0 0

「男の人は、戦争に行かないといけないの?」
小学生の孫がたずねる。父親や弟のことを心配しているのだろう。このようなことを子どもが心配しなければならない今の状況を何とかしなければならない。

2 weeks ago 17 3 0 0

孫たちがニュースを見たいと言うのでテレビを点けるのだが、一体どこの国の放送なのかと思ってしまう。5月の連休が終わると、一転して「節約」と政府が言い出し、エネルギー警察のようなものができるのかもしれない。
エアコンの室外機が回っていたとか、明かりが点いているとか、そういったことを調べ通報する人たちが出てくるのではないだろうか。国民の怒りは政府ではなく、国の政策に協力しない人に向けられる?

2 weeks ago 10 3 0 0

「自己への執着」が攻撃点であるとアドラーはいう。いつも「私」「私」、「私」は世界の中心にいると思っている人は政治家になってはいけない。

2 weeks ago 21 5 0 0

「もの」が足りないことを最初に実感するのは、飢えか、渇きか、痛みか、暑さかなのかと考えていた。頭でわかっていても、「ある」時は実感できない。
心筋梗塞で倒れ、一月あまり入院していたことがある。退院後、歯の治療に近くの医院に通い始めた。心筋梗塞に罹患した人には麻酔できないと医師はいった。痛みを感じたら、その日の治療はそこで終わり。こんなことが何ヶ月も続いた。
それでも、あの時、薬はあった。戦争も物流の途絶えも人災である。

2 weeks ago 43 17 0 0