金ローでやった『モンスターズ・ユニバーシティ』を見た。初見。
前作は見てるんだけど、割と忘れてるなw マイクとサリーの主人公モンスター2体は、B.E.M.(ビッグ・アイド・モンスター)とイエティがベースだよね。そう考えてみると、「恐がらせ学部」のあるモンスターたちの大学という設定も興味深い^^
マイクとサリーもそうだけど、「角」を持つモンスターが多い。「悪魔」概念にも角はよくあるんだけど、キリスト教以前の異教に近い気もする^^
堕天使も堕天後悪魔化して角を持ったりするけど、考え方として頭上の環が変化したもの? 輪も後の時代に導入された絵画的表現だけど。
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『ハスラー』は、昔見た時はそんな風に思ってなかったけど、人に利用されることと若者の自尊心の話だったんだなあ、と今は思います。
ヒロインはファム・ファタールでもあるけど、主人公は「人生の勝者」と「落伍者」の間を行き来してる時はそれがわからない……
日本だと博打打ちというか、麻雀の代打ちとかに近いけど、玉突き屋(ビリヤードは品が良い印象w)は「腕利き」でないとなれない職業。
昔けっこう流行ってたけど、ハードボイルドな世界に憧れてたんだろうな^^ ノワール映画でもある。
今日は、BS12でやってた1961年版の『ハスラー』を見た。このモノクロ映画もだいぶ前に見たと思うけど、先に見たのはトム・クルーズの『ハスラー2』の方だったなw
『スティング』はこの映画の12年後の公開か……『タワーリング・インフェルノ』はさらに翌年。『スティング』の詐欺師描写には、当時の社会で「かっこいい」ものとされてたことを感じるし、ビルの建築家にも手抜き工事をするような輩というイメージがあるな^^
『ジョーズ』あたりは近いけど、途中で冒険ものに視点が変わるから、ひと通り愚かさを描いたら焦点から外れる感じ。『ダイ・ハード』とか『名探偵コナン 時計じかけの摩天楼』はビル火災自体は舞台設定に過ぎない感じ^^ 愚かな人々には、海より深く反省して欲しい。
「一度だけエレベーターが使えるから、12名だけ助けることができる」は『タイタニック』でも要素があったし、「救命艇」テーマでもあるけど、ゴンドラで我先に助かろうとする悪人はゴンドラごと落ちて死ぬのよね。地獄に下りてくる「蜘蛛の糸」だよ。
BS12でやってた、字幕版『タワーリング・インフェルノ』を見る。久々に見るけど、「塔の地獄」はタロット的よね^^
いやあ久々に見たけど、やっぱりいい映画だな(まだ途中だけど)。この手の映画は大概そうなんだけど、「侮り」や「見栄」、または「損失を避け」たくて問題が大きくなるんだけど、後代の作品と比べてストレートに火災が描かれる分「愚か」さも際立つ。
たくさんの影響元を、肯定的に受け止めた上で映画を見ることが理解する早道なのかもしれないな。ノーラン映画^^
映画だけに限らず、アリアドネとかモル(マロリーの愛称らしいけど)とか、ギリシア神話ネタなんかも考えながら見てて、楽しかったわ^^
ギリシア神話関係は、『マトリックス』からの影響を強く感じる要素でもあるけど、(映画に影響を及ぼしてるとは言えないだろうけど)『ペルソナ3』とも相似関係を見ることができるのも面白い^^
NHK-BSでやった『インセプション』を見た。割と久し振り。字幕。
前に見た時は、「クリストファー・ノーランはディックが好き(に違いない)」という前提で見てたので、「あれ、よくわからなくなったな」と思いながら見てた。
だから、わからないまま圧倒された感じだったけど、今回はとりあえず理解できる幅は広がってた(笑)。
基本、P.K.ディックはルーツのひとつではあるけど、その他にも古い映画とかいろんな影響が「分かる人には分かる」くらいな形でたくさん入ってて、その中には日本のアニメなんかも含まれてる。
そうした影響を、ただ再現するだけじゃなく物語上有機的に繋げてる映画なんだなあと^^
『パピヨン』を見た。初見で字幕。
すごい映画だった。どこがどう面白いのか、表現するのは難しいw 今の時代だと倫理的に書きにくいし。
昔は監獄もの・脱走ものってけっこうあったけど、自由への渇望みたいな意識が、今の時代とは違う。『巌窟王』なんか今でも面白いけど、感慨深さが段違いなんだろうな。
歳を取ってから見で思うのは、「若い頃にも見ていたらよかった」かな^^
大人になってから見ると、映画を見て感じることが多すぎる。スペイン内戦の知識は理解する上で必要だけど、映画の画面から受ける感動はそれがなくても得られるとは思う。
子供の感受性や、限られた視野で見ることは、大人になってから見ても同じようには見られない。
子供の頃に見てたら、ちゃんと理解はできなくても、分からないなりに受け取れて、後に改めて見た時に理解できるという段階が踏める……から、もったいな、と^^
今日は『ミツバチのささやき』を見る。前に見たような気もするけど、あんま覚えてないw(おいおい)
見てて、「昔見てたかも」は間違いで、今回初見だと確認した^^
どうして見たと思ったのかといえば、テーマ的に「調べる必要があって、概要は理解」してたからw 映画の内容として理解はしてなかったけど。
『スター・ウォーズ/クローンの攻撃 エピソード2』を久々に再見。
エピソード2は劇場公開当時から、アカン印象が強かったし、DVDも買わなかった気がする……まともに見返すこともなかったんだけど、久々に見ると感じることは多い^^
いろいろ気になったところはあるけど、ユアンのオビ=ワンは髭生やしたけどまだ全然子供だなとw
アナキンの10年は大きいけど、ある程度成長した後は10年程度の時間ではそうそう変わらない。
けど堕落はするから、ある意味成長したようにも思えるのかもしれない。暗黒面に入ると「強く」なったように感じるのも、その変化の幅が大きいせいかもしれないな……
王子様は義姉とデキていて、シンデレラは復讐を残りの願いにする。ガラスの靴は義姉には小さすぎるからと、大きなハサミで指を切り落とすのに使われた。
わかりやすいけど、意外さがないのが残念w 「シン」に「真」の意味も入ってるだろうけど(パクりには目をつぶるとして)、もうひとつかふたつくらいはひねりが欲しかった。
『シン・デレラ』を見た。まあわかりやすいスプラッタ(っぽい)映画化でした。
イギリスとアメリカ合作映画だけど、ディズニー要素が入ってる(フェアリーゴッドマザーとか)からかな。魔法をかけてくれるのはゾンビみたいな魔女だけど^^
ドレスは普通にくれるけど、「3つ願いを叶えると魔女のものになる」いわゆる悪魔との契約。
いやあ、改めて見てやっぱり面白い映画だわ。『2』はこれから公開だったのね。去年延期されて^^
20世紀FOXは今はディズニー傘下だけど、考えてみればディズニーらしさは1本目からある気がするな。ミランダが「雪の女王」に例えられたりするところもあったしw
NHK-BSでやってた『プラダを着た悪魔』を見る。割と好きな映画だけど、もう公開から20年か……
ハリー・ポッターの出版前新作の原稿を手に入れる任務は、無理難題というか、読者レベルでは「あり得ない」なんだけど、『千の顏をもつ英雄』の見方をすれば、ヘラクレスの12の難業みたいなもんだから面白いと思うわ^^
それにしても新作あるみたいだけど、今はこのパワハラ上司は存在を許されるのかしら^^ コメディ映画として実によくできた映画よねw
ちなみに、この辺のことを考えるとき思い出すのが、バリントン・J・ベイリー『カエアンの聖衣』(『キルラキル』の元ネタ)に出てくる服を着ない種族「ヤクーサ・ボンズ」。ヤクザと坊主ってけっこう近い者だと理解して作ってたならすごい慧眼^^
『アナザーストーリーズ 山口組対一和会~史上最大の抗争~』を見る。
興味深いといえばいえる内容ではあったけど、ヤクザの歴史みたいな番組が見たいな……直接的な動機としては、ヤクザの語源として一説にはある「ヤクシャ(夜叉)」との関係とかを突き詰める内容でw この番組で最も収穫と思ったのは、冒頭の葬式シーン。数珠持ってた^^
江戸期の博徒とか、海の民としての漁師とか、微妙に思想的なルーツはあるんだけど、「暴力」を切り口で見るなら社会からはみ出した者も多かったことが考えられる宗教者の中で、一部寺からも追い出されたやくざ者(鬼の概念でもある)とか近いと思うんだ。
『ぼくらのコミケ史 好きが紡いだ50年』を見る。
私は同人誌活動もリタイヤしてしまいましたから、思い出くらいしか語るこのもないんだけど、NHKでこういう番組が作られる時代が来たんだっていう感慨はありますよね^^ 「愛」は一般で使うことばだけど、アニメやマンガ好きにとって特定対称がなくても使える特別な言葉。
『愛と誠』もあれば、「愛と受」でもあったりするけど、「作品愛」としてオタクの多くが持っていた気がするな^^ 「キャラクター愛」もあるけど、「SF愛」みたいな広い対象もあったり、そもそも「アニメ愛」がコミケみたいな場を支えてた気はする。
今になって改めて見たのはよかったな。今は色んな感情とか理屈を整理して見られるw 主に神話上でだけど、最近“醜さ”について考えることが多かったので、実に興味深くも見られた。「見世物小屋」は子供の頃に見た覚えがあるけど、意外と廃れない文化として考えべきかもしれん。
日本神話にも蛭子神や恵比寿神がいるし、現代の「醜い」とは違うけど「葦原醜男」や「黄泉醜女」もいる。醜いからと結婚を断られた石長比売/磐長姫だっている。いわゆるルッキズム批判をするつもりはないけど、「醜い」と感じることにどんな意味があるかを考えてみたいな。
NHK-BSでやった『エレファント・マン』を見る。
確か、通して見るのは昔見た時と今回で2度目だと思うけど、昔見た時はいつだったかなあ……1982年のテレビ放送された時じゃなかったのは確かで、当時気が進まなくて見なかった。
こういう映画を見ようと思うようになったのは、少なくとも仕事を始めて以降で、可能性が高いのはゲームブックを書いてた頃、名画座通ってた時かな……と。で、当時はまだ若くて、見て感じたことがよくわかってなかった^^
……が、要領が得られないというか決め手に欠けるし、『新訳』に至ってはロザミィが大幅カットされたりして、言ってみれば「闇に葬られてしまった」。結局のところニュータイプ覚醒しても不幸になる(あるいは「不幸にしかなり得ない」)監督の史観が出た感じ^^
変な妄想交じりの深読みを試みると、心に「乙女」な部分を持っている監督のアニマとしてのロザミィがキャラクターとして描かれたけど、カミーユ自身も同じアニマを持ってるから不幸な結末にしかなり得なかった……
と考える思考実験w
『機動戦士Zガンダム』48話「ロザミアの中で」を久し振りに見る。この回のエピソード集積度が高いな。ニュータイプ物語としてのZガンダムの神髄といえる回でもあるんだろう。サイコガンダムにフォウの残留思念があって、カミーユがフォウと重ねてしまうんだけど、
割と昔からこの辺の流れは説明不足感があって(まあ受け取るレベルに達していなかったともいえるw)、不完全燃焼みたいな気持ちを抱いてた^^ 今はいろんな考察もあって、監督の発言やコンテ等の書き込みまで持ち出されたり、開設者も自身牡内面まで持ち出して解説されてるのも読める。
現実のサッカーとかは興味ないくせに、確か『ヤングマスター』とかでもあった羽根のついた緩い球を蹴りあうスポーツは実に興味深う思うのだよなあ。「蹴鞠」や「羽根つき」にも似てるけど、どこまで時代を遡れるかルーツを知りたくなって前にも書いたなw
スポーツのシーンが多いことも、昔は「なんで映画で……」と不服に思ったものだけど、中国(と日本にも影響する)の歴史的な意味は大きくて、この映画自体も野心的でとても興味深い映画。香港で作られたことや、その後の中国返還後の映画文化を見ていく上でも貴重な歴史的証言かも……
ジャッキー・チェン監督・脚本(共同)・主演の『ドラゴンロード』(1982)を見る。『プロジェクトA』の前だから、カンフー映画から現代テーマへの移行期といえるか……。当時も見てるけど、あんまり印象には残ってないな^^
香港でも、漢文は難しかったんだなw 昔はさして気にしなかった描写を面白がれるのは実にいいな。子供の頃はアクションにばかり集中してたから、「地味」なシーンが続くと「面白くない」と思いがちw
何度か見たつもりだったけど、結末を分かった上で見直すのは初めてだったかもw いや、映画も原作も好きな人が横で解説してくれてるのを聞きながらだったからかもしれないけど、面白かった^^
まあ素直に受け取ればドッペルゲンガーとも言うことができて、ブラッド・ピットは理想化された主人公自身なんだけど、「天邪鬼」要素も入ってるよね。見方を変えれば『蠅の王』的な部分もあるし、組織のルールなんかは「新選組」を思い出したりもしないでもない^^
ちょっと前にBS-TBSでやった『ファイト・クラブ』を見る。吹替版。
ヘレナ・ボナム・カーター演じるマーラは、夢魔としてのマーラを意識したキャラではあるよね。あと夢みたいな凍った洞窟は死後の世界としての地獄の暗喩で、まあそのまま歩き続けたら氷漬けになったルシファーに出会えるコース^^
アニメはある程度原作をアレンジしてるけど、まるで実写ドラマを見てるかのごとく「嘘がない」までは言い過ぎだけど、誇張の少ない物語。12歳(作中で誕生日を迎える)の等身大……は今の時代大人っぽすぎるか……な少年時代を象徴する存在がアライグマだったというだけ。
原作には登場しない「アリス」らの登場で、恋(未満)の要素が加わっているけど、それらも含めて瑞々しく、苦悩する部分もまとめて「思い出」として浸れる物語だったんですよね^^
富野監督の絵コンテ担当回も多く、背景美術や音楽など『ガンダム』のリアルの原点とも言えそう。
昨日終盤をまとめて見て、ひさびさに『あらいぐまラスカル』を終わりまで見た。本放送は半世紀近く前の1977年。当時見ていた私もほんの“くそガキ”だった頃で、その後まとまった再放送を見た覚えもなく(特番でラスカルの声を野沢雅子さんがやっていたとか話題になったりしたけどw)、
今回ほぼ全部を見直して、正直「心から見直した」^^
まあ、作品自体にもある程度成長してる人が対象だったと思われる(子供じゃわからんわ、と思う部分もある)けど、原作者の回想録的なお話しだし、大人だからこそ楽しめた『スタンド・バイ・ミー』とかに通じる要素はあるのも確か。
『100分de名著 ブラム・ストーカー “ドラキュラ”』を見る。
吸血鬼を描いた小説として最初の作品ではないけど、民間伝承を元にした(当時の)現代的要素を加え、小説として構築した長編として優れていたのが『ドラキュラ』ではありますよね。
『ドラキュラ』を読んだのもだいぶ昔のことで、その後歴史的にも地理的にもさまざまな視野を増やしたから読み直したくなりますよね^^ 読んだ当時は、ジェンダー的視野はまったく持たなかったし、そういう意味でこの番組は面白い見方を教えてくれたと思います。
ジョーが「少女時代が終わっちゃう」と結婚する長女の膝に顔を埋めながら言うシーンは深いと思うな^^ 姉妹ものの深み。
終わりまで見て、物書きの物語(オルコット自身)として成り立ってるところは、現代的な視点として見てもいい内容だと思った^^
新進気鋭の作家なんて「売れてなんぼ」なのは今も、国が変わっても変わらない。著作権はなにかと理由をつけて買い取られる危険性がある。そんなもんだよ、という現実w