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Posts by イカノボシ

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1日1ミリ。ノルマンディのジュノービーチ、シュビムワーゲンを鹵獲して救急車として使用するアメリカ軍第704戦車駆逐大隊の衛生兵。シュビムワーゲンはオフロード用のワイドタイヤではなくキューベルワーゲンで使われるノーマルタイヤ。米軍で再利用するにあたり塗装をオリーブドラブに塗り替えて星のマークと赤十字マークをペイントしている。
対空標識用にスペアタイヤの台座の上面に描かれた星のマークが段差でずいぶんと無理な描き方になっている。ドイツ軍ではここに国籍マークを書くことは想定していなかっただろう。

2 weeks ago 25 6 2 0
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1日1ミリ。アメリカのマサチューセッツ州、フォードのサマービル(Somerville)工場で生産されるT16ユニバーサルキャリア。
6ポンド砲の牽引と積載能力アップのためにロードホイールを6輪から8輪に増やして車体を延長、エンジンにはフォードマーキュリーの239ci(3.9L)V8 。装甲板はリベット接合から溶接構造に変更するなど生産の合理化が行われ、転輪もオープンタイプのリブが省略される。
写真の工場の組み立てラインから出てくる車両はシャーマン戦車での生産改良と同様にソリッドタイプのホイールに切り替わっていてユニバーサルキャリアの「アメリカ化」が進んでいる。

1 month ago 21 6 1 0
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1日1ミリ。BSA 空挺折りたたみ自転車がシャーマン戦車の後部に積まれている。カナダ第1師団、スリー・リバー連隊のシャーマンV(M4A4)。場所はイタリア、シチリア島のエトナ山山麓のレガルブート(Regalbuto)の街。

自転車は折りたまれて荷物を縛るロープに吊るされているようだ。コンパクトに持ち運べてちょっとした外出には便利だったのだろう。車体後部のジェリ缶はイギリス軍仕様(ドイツ軍ジェリ缶のコピー品)ではなくアメリカ軍仕様。シャーマンはT62金属履帯のクライスラー製M4A4と見てよいのであろうが、車体後部のエアインテークカバーが左右逆使いのようにも見える。

1 month ago 25 4 1 1
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1日1ミリ。1944年6月7日(D+1)。ソードビーチの上陸ポイントWn20(Cod)ラブレッシュ(La Breche)を制圧して司令部を置くR.A.F.ビーチ飛行隊の隊員とイギリス空軍旗。 IWM (CL 228)

背景右手には被害の出たビーチ沿いの別荘群。左手に見える電柱のあたりが軽便鉄道の通る道路になる。その奥には内陸に向かう部隊の車列が見える。その手前。写真左端中段にドイツ軍の対戦車砲5cm KwK L/60 をトレンチに埋め込んだ火点(Nr.1694)が写っている。海岸トーチカを突破してくる車両や鉄道道路沿いに回り込んでくる敵に備えた布陣だったのだろう。

1 month ago 19 2 3 0
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1日1ミリ。ノルマンディのソードビーチで警戒にあたるイギリス軍のM10(第20対戦車連隊の車両)デフカバーはシャープノーズ、オーバーハングした砲塔のカウンターウェイトの後期型車両。星のマークが目立たないように置かれたジェリ缶。これもイギリス軍カメラマンのマーファム軍曹の撮影:IWM (B 5088) 左端にちらりと見えるユニバーサルキャリアは撮影隊のものだろう。ポーズをきめる兵士は写真用の演出か。

有名な写真ではあるが、場所の手がかりはすくない。軽便鉄道の軌道から海岸沿いの住宅分譲地、上陸地点WN20-COD付近と思われる。線路の向こうのロープは地雷原の警戒用に張られたものだろう。

1 month ago 26 4 3 0
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1日1ミリ。ノルマンディのソードビーチ。軽便鉄道の軌道沿いの道をエルマンビル方面に歩く第三歩兵師団の兵士たち。その先にシャーマン戦車らしき姿も見える。兵士たちの折畳み自転車はシンプルな作りでペダルがなく、生ゴムのノーパンクタイヤ。
背中のティーカップは白に青の縁取りのホーロー。この時期のイギリス軍のホーローカップは白と茶色の2種類を見かける。

この一連のフィルムの撮影はジム・マーファム軍曹。撮影クルーはユニバーサルキャリアに乗って移動していたのだろう。
IWM (B5078)

1 month ago 19 6 1 0
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1日1ミリ。1944年6月6日、ノルマンディのソードビーチ。海岸と並行して走る軽便鉄道の軌道と渋滞する車列に昨日の写真の兵士とジープ、救護隊のCMPトラックが写っている。道の彼方には広場の4階建ての「リゾートマンション」が見えることからその地点の上陸組の車両との合流で道が混んでいるのだろう。
別カットで写真のフレームにユニバーサルキャリアの鼻先が映り込んでることから、撮影隊は機材を積んでユニバーサルキャリアで移動する途中で渋滞に巻き込まれたと想像される。
IWM (B 5084)

1 month ago 21 5 1 0
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1日1ミリ。ソードビーチの上陸地点の広場を反対側から見る。昨日の写真に登場した19世紀末ベルエポック建築のバックファサードが写る。道をはさんだコンクリートの4階建ては瀟洒な別荘街に最近できたリゾートマンションといったところか。
広場を左折して内陸に向かうM5ハーフトラック、ジープの幌に”CAUTION LEFT HAND DRIVE”とあるのがイギリス軍ならではの注意書き。自転車の兵士の背中には当然のごとく紅茶を飲む(茶色の)マグカップ。

1944年6月6日、ノルマンディ上陸当日。撮影はAFPU第5部隊カメラマンのジム・マーファム軍曹 IWM (B 5036)

1 month ago 19 5 1 0
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1日1ミリ。ノルマンディのソードビーチ、エルマンヴィル=シュル=メール(Hermanville-sur-Mer)の海岸に面した小さな広場。上陸用の渡渉スクリーンを装備したユニバーサルキャリアと陸上げされたばかりの290mmペタード臼砲搭載のチャーチルAVRE。自転車に乗るのは衛生兵、手前は交通整理にあたるMP。

1850年代の鉄道開通で保養地として開発されたノルマンディ地方のこのエリアには19世紀末から第一次世界大戦前の趣味的な折衷様式の別荘がビーチに沿って立ち並ぶ。このアールヌーボーを感じさせるゴシック風味の建物はベルエポックスタイルとでもいうのか。
IWM (B 5040)

1 month ago 18 5 1 0
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1日1ミリ。1944年6月6日、ノルマンディ上陸作戦の当日。ソードビーチ海岸沿いの街エルマンヴィル=シュル=メール(Hermanville-sur-Mer)の三叉路で空挺師団と合流するイギリス第三師団の兵士が乗るユニバーサルキャリアは渡渉用の側壁を立ち上げたまま。彼らのヘルメットはノルマンディ戦から採用されたツマの短いMk.III型。空挺兵の車両は角型フェンダーからインターナショナル・ハーベスター製のM5ハーフトラック。

電柱はノルマンディでよく見かけるプレキャストコンクリートではなく木柱であるが、ダブルに組むのは曲がり角で使われる補強なのだろう。これがコンクリート電柱の原型だとわかる。

1 month ago 24 3 2 0
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1日1ミリ。1944年10月30日、オランダのローゼンダール開放。
イギリス軍が使用するインターナショナル・ハーベスター製のM5ハーフトラック。後部にアールがついた装甲板(溶接車体)がM3との違いになる。同社のM5/M9ハーフトラックはレンドリースでイギリス軍にも提供されたが、兵員を輸送する装甲装軌車両にはすでにユニバーサルキャリアがあったため、6ポンド砲の牽引や救急車などに使われた。
写真の車両の後部のシロクママーキングはイギリス第49歩兵師団(ポーラーベアーズ)
IWM B 11475

1 month ago 23 3 1 0
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1日1ミリ。ソ連軍にレンドリースで提供されたアメリカのハーフトラック。手前の車両はM2もしくはM9ハーフトラック。奥に続くのは4連装機銃を積んだM17と思われる。1944年12月、ブダペスト近郊。L.ベルシュテイン撮影

M2/M3ハーフトラックはホワイト、オートカー、ダイヤモンドTで生産されていたが需要に追いつかず、インターナショナル・ハーベスター社にも生産拡張される。その際にマイナーチェンジが加えられてM2→M9、M3→M5ハーフトラックと呼ばれるこのタイプが主に連合国(イギリス連邦、自由フランス、ソ連)にリースされている。

1 month ago 22 5 2 0
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1日1ミリ。アメリカのM2/M3ハーフトラックの製造を行ったのがホワイト、オートカー、ダイヤモンドTのトラックメーカーだった。要求されるスペックや機構にあわせてサブメーカーの部分をアセンブルするトラック製造のシステムが軍用装甲車への生産転換を容易にしたということになる。

写真はオハイオ州クリーブランドにあるホワイトカンパニーの組立工場で納車準備をするM2ハーフトラック。 後ろに駐車してる乗用車は ’41プリマス。(フォードやGMではなく)クライスラーとの企業的な関係が強かったのだろうか。

1 month ago 24 5 1 0
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【御禁制品到着😖】
このタイミングでギリギリ間に合った(何に?)感じwww。
タオバオで取扱いが無いので、原点回帰のebayで購入したもの。エストニアの模型店。
ドイツ戦車とかでは、結構ポカをやらかすのに、自国戦車に関してはその才能を遺憾なく発揮するズベズダなんだけど…
先ず転輪。う〜ん、鋳造肌の表現はされて無いですね。タミヤは地味にここの肌感を見事に再現していましたから、ここに関しては、軍配はタミヤかなぁ。
続けて足回り関連で履帯。どうです?ちょっとモールドが「浅い」印象ですね。これも、タミヤ…いや、カステンが良い感じですね。

2 months ago 9 3 2 0

林磐男氏(三菱重工技術者)の『戦後日本の戦車開発史』に、東日本重工(三菱重工)川崎製作所に修理に入って来た自衛隊のM4A3(76)W HVSSは、最終減速機のヘリングボーンギヤを折損していることがかなり多かったと記述されていました。しかし、純正部品の入手が困難な上に、当時の日本にはヘリングボーンギヤを高精度に切削出来る機械が無かったため、平ギヤで代用し、ピニオンギヤを大きく正転位することで強度不足を補ったとのことでした。

2 months ago 14 3 1 0
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1日1ミリ。デトロイトのタンクアーセナルで撮影された"Building A Tank”の1シーン。工場のテストコースを走るM3中戦車の軽快な走行性能に驚く。巧みなクラッチ操作とブレーキテクニックはもちろん腕利きのテストドライバーの運転によるものだろうが、ドリフト走行でコーナーを軽々とクリアしていくところは装甲車というより自動車のCMのようだ。
戦車の試験走行というと障害物を乗り越えたり不整地をものともせず走るところが強調されがちだが、この映画では最初に坂を乗り越えるシーンがあっただけであとは「この戦車で快適なドライブができます」といった感じのシーンが延々と続く。

2 months ago 37 10 2 1
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1日1ミリ。デトロイトタンクアーセナルでのM3中戦車の製造過程を紹介するドキュメンタリー映画が1942年に制作されている。
ナレーションはオーソン・ウェルズが担当。
映画は農場で牧草を食む牛のシーンから始まりカメラがパンするととうもろこし畑の向こうに巨大な工場が忽然と現れる。オーソン・ウェルズの映画でも見ているようなオープニング。
”Building A Tank" (19min)
www.youtube.com/watch?v=y8c6...

2 months ago 25 10 1 0
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1日1ミリ。クライスラーのデトロイト・タンクアーセナル。M4A4の製造は43年秋で終わっていたが、イギリス軍が75mm砲型の継続供給を求めて中古車両の再整備品が43年12月から44年10月にかけて1600両ほど生産された。ファイアフライを持っていた英軍は新しい76.2mm戦車砲より榴弾の炸薬量の多い75mm型を求めたという。再整備は完全な分解修理を行うことから新造の2.5倍の工数を必要とした。写真の車体はフックにベースプレートがついた43年2月頃までの生産車だが再整備にあたって砲塔防盾をM34A1型にアップデート、車体と砲塔には弾薬庫を守るアプリケアーマーも追加している。

2 months ago 26 5 2 0
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1日1ミリ。クライスラーのデトロイト・タンクアーセナルのM4A4シャーマン。1944年3月、LIFE誌のアンドレアス・ファイニンガー(Andreas Feininger)が撮影したこの時期はM4A4の生産は終わっているので、イギリスの要請による再整備車両だろう。

工場の生産ラインは窓際の2列が最終組み立てライン。これに直行する手前のラインでそれぞれの工程の組み立てられたブロックが窓際の最終ラインに受け渡される。

2 months ago 25 4 1 0
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1日1ミリ。デトロイト郊外ワーレン。クライスラー 1/2ton パネルトラック工場で生産されるダッジWCシリーズ。左側のレーンが1/2tonのWC21で右側のレーンが3/4tonWC51だろうか。ベルトコンベアのラインを並列させて規格の異なるシリーズを並行生産していたことがわかる。

トラスビームと屈曲梁で吊り下げられる大きなトップライトのユニークな構造の建物は1937年にアルバート・カーンが設計した。

2 months ago 21 5 1 0
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1日1ミリ。デトロイト郊外ワーレン(warren)のクライスラー・タンクアーセナル。工場施設の設計は当時、フォードの工場を一手に手掛けていた建築家アルバート・カーン(Albert Kahn)
1940年に工事着手、建設工事と並行して戦車の生産を開始、1941年4月24日には最初のM3中戦車が納車されたともいう。
42年よりM4シャーマンの生産を開始。42年12月には月産907両を記録している。

2 months ago 24 6 2 0

M24は大戦中と大戦後で仕様の違いがはっきりと分かれていますし、キャデラックとマッセイ・ハリスの生産車でも外観に明確な違いは無いようなので、米軍戦車の中では分かりやすい方だと思います。イタレリのキットは元々戦後仕様で、特に戦中型の後部収納箱の再現が難題だったので、タミヤが現代的水準で純粋な戦中仕様を出してくれるのは有難いです。

2 months ago 1 0 0 0
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M24には歯の形状が異なる2種類の起動輪が存在します。1枚目はT72/T72E1(シングルピン・鋼製)用のD76210起動輪。2枚目はT85E1(ダブルピン・ラバーシェブロン)用の7049476起動輪。

2 months ago 9 3 0 0
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1枚目はボーヴィントンのM24で、前部アダプター無し。但し、後部アダプターは付いているので、キャデラックで1944年10月~11月に生産された個体と推察します。履帯はT72。

2枚目は富士学校の個体で、前後両方にアダプター付き。履帯はT72E1。水中で水かきの役割を果たす拡張グローサーを取り付けるための穴が3ヶ所に開いています。

2 months ago 6 2 1 0
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M24は合計4731輌(キャデラックで1944年4月~1945年8月に3592輌、マッセイ・ハリスで1944年7月~1945年8月に1139輌)を生産。

M24は一般的に車体下部前面及び後面の浮航装置取付用アダプターの有無によって初期生産車と後期生産車に区分されています。結局、浮航装置は試作のみに終わりましたが、キャデラックでは1944年10月に後部用、11月に前部用、マッセイ・ハリスでは1945年1月に前後両方のアダプターを導入したと云われています。

タミヤの新キットには前部アダプターが付いていません。生産時期的に大戦中に実戦参加した車輛の大部分にはアダプターが付いていないようです。

2 months ago 13 4 1 0
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マニュアルにもラッチレバーを解除するとバネの力でハッチが持ち上がると記載されていますね。動画の8:57から車内で副操縦手ハッチを開ける操作をしています。ラッチレバーを解除し、右手でヒンジレバーを操作しながら左手でハッチを下から押し上げています。ハッチは軽い力で動くようですね。
youtu.be/VNTVp9z0YHE

2 months ago 3 2 1 0
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ドイツ戦車のハッチのような少し持ち上げてから回す構造だと思いますが、外から開ける時に把手無しで操作可能だったのかなと。尤もそれがやり難いから把手を後付けしたのでしょうが。

2 months ago 3 1 1 0
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大戦中のM24は操縦手ハッチの把手が付いていませんよね。現地で把手を追加している個体は有りますが、外から開ける時に支障が無かったのだろうかと思います。

2 months ago 4 1 1 0

車体下部に浮航装置取付用アダプター無し、主砲はカラー付きの航空機用T13E1/M5砲。後部収納箱はパンチングメッシュ製の一般的なもの。イタレリよりも初期の仕様ですが、ついにM24の決定版が来たという印象。ヨーロッパ戦線仕様ということは戦後仕様も期待出来そうですね。

2 months ago 11 3 1 0
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朝鮮戦争時のモントリオール・ロコモーティブ製M36(E9仕様)。M36B2と記載している資料もありますが、前照灯基部が裾の広い鋳造品なので、フォード製M10A1車体です。M36B2はフィッシャー製M10車体なので、前照灯基部は単純な円筒型です。フォード製M10A1の車体前面アンテナブラケットは右前照灯の真上(初期位置)に付いているのが一般的ですが、この個体は右上部の角(後期位置)に付いています。これはMLWで後付けされたためと推察します。1945年にはM10A1の在庫が枯渇したため、MLWには従来M36への改修に回されていなかった車体前面アンテナブラケット未装備の初期生産車も供給されています。

2 months ago 4 0 0 0