国が目詰まりとかほざいてる問題、商品や原料とかないから注文受けても出荷できないし、そもそも注文管理体制がジャストイン、在庫を極力持たず必要文を製造して出荷するみたいな体制になってるから下手に注文が累積されると管理が面倒で受けたくないのに、自民は馬鹿だから注文受けろってやってる。どうせ出荷できるわけないのに。ほんと世間知らずだな、東京のうつけども。
Posts by IkaMaru
中国からpixivが見られないから建てられた非公式ミラーサイトである「vpixiv」が炎上した事件とか、そりゃ大手を振って許すべきことじゃないけど気の毒だったよ やおいを描いたら捕まる国に住む人たちが、それでもpixivが見たい、萌えたいって言うのを、なんのハードルもなくpixivを閲覧できるおれたちが「ルールを守れ」なんて言っちゃうの、「パンがないなら」論法じゃないかって
功罪あるとはいえオタクカルチャーやIT産業の発展において海賊版がやはり無視できない中華圏で産まれた『山寨文化』という言葉は絶妙だなとつくづく思う 確かに遵法精神が希薄でろくでもないオタクは多数派かもしれないが、かといって冷笑して全否定していいものでもない いわば梁山泊の山賊たちのようなものって概念は皆が持っておいたほうが良いと感じる
小1の教科書にそんなこと書くな
(いずみのさんは、昨日からミセスというか大森氏にドン引きしているが、記号消費を積極的に引き受けた果てだというボードリヤール読んだパーソン的感慨もある)(大森氏は「ミセスとプリントしたら消しゴムが売れるのも当たり前で、そのために努力してきた」という方向の人なのだろうなあ、と勝手に思っている)
キニマンス塚本ニキのあの「独裁者にすら石を投げない事がまず平和の第一歩」みたいなの、本気で言ってんのか? それに共感してそれを実践しようとするのは間違いなく手段を選ばず弱者を踏み潰して行く側なの、ここまで来てえた悟りがそれなのか。ガックシだよ。
しかし反戦腐しへの対抗(反反反戦?)としてウサギの絵が描かれるムーブメントはもう止められないでしょうね
たとえ元の人がその光景を見て嫌な気持ちになるとしても
『セクシー田中さん』事件で、芦原妃名子先生が最後に残した言葉が「攻撃したかったわけじゃなくて。ごめんなさい」だったのを、「芦原先生は最後まで人を気遣ってしまういい人だったんだなあ!小学館と日テレ許せないぜ!」と思うのも…まあ見方としてはあるかもしれないが、「オレたちがSNSで勝手に犯人探しと断罪に盛り上がるのって、別に復讐感情があるわけじゃない被害者にとって、『あんなこと言ったせいだ、自分のせいだ』と、強いストレスになっちゃうのかもな」という見方のほうを、SNSユーザーとしては強く持ちたいじゃない
ところで、消費税の話はどうなりましたか?
(私は職業柄しつこい)
クリエイターの反戦ポストに「あなたのやさしい世界観が大好きだったのに残念です」と言ってる方を見かけたが、反戦思想なんてこの世でいちばんやさしい世界観なのに……!?!!?
辺野古のようなところじゃないところで事故になったら絶対にみんな学校側の責任よりも船長や運営会社の責任の話になるだろうに、場所が場所だから反日教育だとか言われてるのを観てかなり怒っていた なぜなら出身校の話だから それはそれとして実際に辺野古をを観に行く必要があったのかという話はあり得る あと辺野古に行くことのどこが反日なのかも意味不明
高市、見下す相手への馬鹿にしたニヤついた態度と、自分よりも立場が上だと思う相手への媚びを売る態度との乖離が凄まじい。業界人にこんな類いをちょくちょく見かけるが、ここまで傲慢と卑屈を往来する小人物が、日本国代表として世界に認識されることに、とてつもない恥ずかしさを覚える。正に国辱。
それを言われると「違います」しか答えられないから「先に強いカード出すなんてズルい」「そもそもカードを出すような大げさなターンではない」になるみたいですね
じゃあ戦争肯定戦争万歳なんスか❓ になるよ(「戦争反対は言葉が強いし相手を従わせようとしている」とか言ってるのがいるらしい)
ピクサー幹部が、今後はLGBTQをテーマにしないと明言したそう。こっちも商売でやってんだよと言う事なのだろうけど「私たちは映画を作っているのであり、何億ドルもかけてセラピーを行っているわけではありません」という物言いは、凄いというか正直というかね…
hollywoodreporter.jp/news/182202/
多くの人は共感してくれないと思いますが、
私は働かなくても生きていける国になれば全然良いとおもっています。
その上で働かなくても生きていけるけど、それでも働きたいと思える国、
働いたらもっと人生が豊かになる国になれば良いだけだと思っています。
そのためには労働の概念を再定義しなければいけません。
どんな仕事にも、誇りと尊厳があります。たとえそれが家事手伝いであってもです。少なくともその事にみんな気づくべきです。
自分の社会的な立場を利用してエグイ犯罪かましてた漫画家の商業復帰が困難なのはそりゃ横領かました銀行行員や飲酒運転かました職業ドライバーが同じ職に戻るのは著しく困難(事実上不可能)なのと同じやろとしか思わんのよなぁ
あるいはピンカーの理屈ではエプスタインも権力者たちを繋げて平和な関係を築いたのだから悪いことではないのかもしれない
(追記)
ここまでスティーブン・ピンカーの「知識人としての問題」の側面を書いてきましたが、もっと低劣な話もあります。
ピンカー発言(Guardian紙インタビューより孫引き)
「今どきウディ・アレンの名前を出しても大丈夫か? 出してもいいと思う。何しろ彼はおそらく無実だったから」
(ウディ・アレンは1992年に性虐待疑惑が報じられた。エプスタインと親交があり、プライベートジェットに乗っている写真もある。「無実」はかなりバイアスが強い意見といえる)
またピンカー本人もエプスタインと親交があり、プライベートジェット「ロリータ・エクスプレス」に乗っているビデオが見つかっている。
ピンカーは博覧強記の才人みたいにもてはやされてるけど、思想以前に恣意的な引用で批判するようなクソだよって昔から言ってたんだけどごく一部の人にしか理解してもらえなかった…
時事関係含めあらゆることをギャンブル対象にしているポリマーケットでは「アメリカがいつイラン攻撃をするか」ってのが賭け対象になってて、ベット総額が825億円に上っていたらしい。トランプ含めその周辺で金ぶち込んでた人も多いだろう。究極のマッチポンプ。
続)「隙あらば自分語り」という言い方についても、私は広大なインターネット空間の中でとくにオタク的消費の方角から初めて聞いた。より深く掘り下げていくと、もはや「自分」の存在をいっさい認めたくない、「自分」(の欲望や感情)を「自分」(だけのもの)と認めている他者まで許せない、といった負のバイブスに行き着く。怖いくらいである。私も熱狂の渦の中に身を置きたいファンだから現場での「我を忘れる」「一つに溶け込む」あの感じは大好きなのだが、終演後に「個」に戻ったときそれについて改めて語り直そうとすると、急に口を塞がれたりする、ことがある。社会生活に戻ってもファンダムの中に溶けたままでいたい、という人たちに。
これはその通りだと思う一方で、件の作家がフェミニズムに敵対的な作風だったかと言えば決してそんなことはなく、女性ならではの苦しみや反ルッキズムの観点もしっかり取り入れられていたように思うんですよ
(だから余計にあれやこれは何だったのか、信じても尊重してもいないことをもっともらしく書いてたのか、自分の行いだけ棚に上げていたのかと悲しくなる訳で)
常々思うのは(ネットでは不評だろうが)、かわいい女の子が出てきたり、際どい性描写があったりするフィクションを作ったり愛好したりする人ほど、真面目にフェミニズムを学んだほうがいいのではないかということだ。
他のジャンルに比べても、最低限のフェミニズム的な価値観や思想体系をインストールしてなかった場合のダメージが桁違いなのではないか、と色々な事象を見ていても思ってしまう。
恐縮ながらこのジャンルの方は、ネットの反動的な潮流もあり、うっすらフェミニズムを嫌悪・侮蔑したりしてるのがデフォルトな人も少なくないように思えるが、一切ワクチンを打たずに病原菌がウヨウヨしている地帯を探索するようなものだと思う。
初対面の人に「高市さんになったらなんでもすぐに決まって世の中が明るくなったわー。石破さんじゃ全然ダメ」と言われて、この人がこんなに気軽に政治的意見を表明して、それが当たり前みたいな顔するなら、私も「タムトモが総理の国に住みたいわー。みんなもそう思うよね!」とか言ってもいいのではないか、と思ったりした。
極右がブイブイ言わせるバックラッシュ時代として、ここ最近が定義されるのは、ある程度コンセンサスかと思うが、もう少し近未来から振り返ると、より正確には、「じゃあお前らがやれ」とバトンを渡された極右が、普通に失敗した時代として定義されるのではないか、と正直いえば思っている。
トランプ関税を見てても、ICEを見てても、戒厳令を見ててもそう思う。日本も国内は知らんが、外から客観的に見たらそう定義される見込みが高い気がする。
世界各地で排外主義の波にのって「俺らがやってやんよ」感を出すのだけは上手いけど、実際は何も上手くいってない。
極右が調子にのり、失敗し、その後どうするか人類、という話をもうすべき。
ニーアオートマータ遊びながらグチグチ言ってたやつ
性犯罪は愛おしい対象への情念断ちがたい性欲によってではなく、征服欲や支配欲によって引き起こされることも多い。卑近な例では痴漢が捕まって「誰がこんなブスに」と逆ギレするようなケースが挙げられる…と最近ではよく言われるが、この手の事件に関わるセレブは、隠し持った小児性愛の欲望をポルノでこそこそ発散させてきたような筋金入りは少数派で、「他人の人権を蹂躙できる自分のパワーを確認して気持ちよくなりたい」という動機の方が強いのではと私は考えています
規制の違いに原因を求める前にまず「エプスタイン島のようなセレブたち向けの小児性愛斡旋は日本では起きていない」という前提が間違っていて、日本にはプチエンジェル事件がありますからね
西方諸国がエロ文化を規制し続けたから某島が生まれたんだ!エロ規制が緩い日本は間違ってなかった!
というポストを見ながら、 R-18なら無修正な米国のエロと、 R-18でもモザイク必須な日本のエロを思い出すなどした。エロの規制の緩さとは。
西洋諸国が規制しようとしているのはエロ文化じゃなくて、未成年者を性の対象にする事とその表現だと思うんだけどなー…_(:3」∠)_
そして強くそういった規制がされていない日本でも未成年者が犠牲になる性犯罪が連日報道されている訳で。
もうこれ規制でどうにかなる問題でなく、各々の国の価値観や教育から取り組まなきゃならん話なのでは。