「「これらの人々は」、ツァーリの将軍で臨時政府の軍事相アレクサンドル・ヴェルホーフスキイは先見の明をもって、十月武装蜂起の直後にボリシェヴィキについて「すべてを約束しながら、何も与えはしない──平和の代わりに内戦。パンの代わりに飢饉。自由の代わりに、盗み、無秩序、殺人」と記した。しかしヴェルホーフスキイはすぐ赤軍へ加わった」
(S. Kotkin, “Stalin: Paradoxes of power, 1878-1928”, Penguin Press, 2014, p. 293)
Александр Верховский 19 августа 1938 года расстрелян.
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レーニンも「対立関係と矛盾から進展が得られる」というヘーゲル哲学の影響からか、対立の構図に持ち込むのが大好きなので、自分の派閥内で王の寵愛を得ようと競争させたり論争させたりしていたわけですが、重大な問題は、トローツキイの派閥はレーニンの派閥とは重なってはおらず、それどころか著作や書簡の中には「私は最近『糞!』と言いそうになったら『トローツキイ!』と言い換えることにしている」などの後継者争いで彼を不利にするような言葉が容易に見つかり、そしてレーニンのトローツキイに対する派閥と、「スターリン派(Сталинисты)」と呼ばれる派閥は重なり合っていた。
「いつも燃えているレフ・ダヴィドヴィチ」が不必要に人を不愉快にさせた例は「路上に許可なくうろついているチェコ人は全員銃殺すべきだ」と口走ってチェコスロヴァキア軍団に「やるしかない」と決意させたのが僕の中で一番顕著な例ですが、どうも彼自身が登用した軍事専門家からも「何も相談なしにいきなり話を決められて困る」と苦情が出始めており、当時「軍専」にことあるたびに不満を表していたのはグルジア生まれの髭男爵の方だったんですが、内戦が落ち着いてくると段々トローツキイの弁舌はむしろ敵を作る方に傾いていったらしく、彼の影響力を「内戦時がピーク」と断じる研究者も何人かおり、僕も正直その見方に傾いています。
「消費財の投機についての体制の政策は、民事上・政治上の内務活動の境界線を同じように滅茶苦茶にしていた。……風紀紊乱〔хулиганство〕──ロシアの法的伝統では、暴力的と定義される犯罪──多くの場合、社会規範の欠如を示す、公での泥酔状態での行状への警察の対応は、ソヴェトの刑法体系においても同じく緊張を生じさせていた」
(P. Hagenloh, ‘‘Mass Operation’ under Lenin and Stalin’. In: J. Harris, eds. ‘Anatomy of terror’, Oxford, 2013 pp. 171-2)
イオシフ・ヴィッサリオノヴィチが大祖国戦争時に採択した収容所内の人員も赤軍に徴募したり「ロシアを守れ」と訴えたりしたのは、基本的にはロシア内戦で「社会主義の祖国が危機に瀕す」とフランス革命から剽窃した標語を据えて、共産党を支持してはいないが「祖国の再建」や「平定」を考えている帝政時代の軍人を取り込んだことの反復のように見える。
コトキンのスターリン伝第一巻だと「ボリシェヴィキの言うことは嘘ばかりでどうせうまく行きっこないよ」と斜に構えていた元軍人が結局は赤軍に参加してロシア内戦を戦ったというロシアっぽい話が引かれていますが、この人が結局1937年も生き延びたかどうかは覚えていません。
立憲民主党は中途半端さで「右派的」な人たちの支持も繋ぎ止められると思っているんでしょうが例えば戦時中にボリシェヴィキの指導部が決断した「愛国心に訴える」という政策は「右翼も取り込む」という政策であって「右翼にも受ける」と「右翼に阿る」は日本語表現としては少し異なりますよということがおわかりでないと思しく、負けるのは仕方がないんですが勝とうとしていないなら「勝てない」ではなく「勝たない」ようになりますよ。何か信念があるならば手のつけようがないというか救いようがないですが。
俺はドイツ社民党とかポーランドの市民綱領に入れたいけどねえから仕方なく入れているだけなので駄目なら他に行きます。
「ドイツで、1945年がゼロ時間と呼ばれているだけのことはある。敗北は全面的だった。……絶滅戦争に対するソヴェトの報復は、ドイツ人女性の大規模な暴行、略奪と戦利品の蒐集、そしてドイツの産業設備の見境なしの解体と東への搬出であった。……1923年に立ち返れば、ドイツ共産党のクーデターによる権力奪取を支援しようという、ボリシェヴィキの粗笨な企ては大失敗に終わったが、アドルフ・ヒトラーが先例のないコストと引き換えに、ソヴェトの覇権のベルリンへの移植を成し遂げていた」
(S. Kotkin, “Uncivil society”, Modern Library, 2009, p. 41)
戦時中のチェコのパルチザンを描いた小説『死の名はエンゲルヒェン』に、「社会主義国の女性が化粧をしてよいのか」と悩むソヴェト同盟の女性兵士が登場する場面がある(ムニャチコ『死の名はエンゲルヒェン』栗栖継訳、勁草書房、1969年、p. 169)。していいに決まっている。問題は「社会主義」を標榜した国々で「新しい階級」の存在が罷り通ってしまったことだ。
「そりゃ人間がそれだけヒマな動物だからさ だがな それこそが人間の最大の取り柄なんだ 心にヒマがある生物 なんとすばらしい‼︎」
(岩明均『寄生獣8《完全版》』、講談社、2003年、pp. 252-3)
マツオヒロミ先生が美しい絵を描かれることは以前から知っておりましたが美しいものを愛するだけでなく「醜悪」なものを拒絶する人であると知って僕はとても嬉しく思っています。
誰しも漫画や小説の中に登場する架空の創作物を見た時「自分も実際に読んでみたい」と思ったことがあると思いますが、まさにその発想を実体化させたような『マガジンロンド』が僕は一番好きです。
実際に劇中でも雑誌RONDOが戦時中には物資不足で止まってしまったという旨が言及され、確かにお洒落やファッションは「無駄」とみなされることが十分に考えられ、あらゆる芸術や学問といった短期的な利益にはならないものと同じです。
ブルガリアでは1989年ではなく、冷戦後に社会党が遂に経済政策で馬脚を現して下野したことが「東欧革命」にあたるとみなされているようですが、壊滅的な経済状況から、ブルガリアの通貨が息を吹き返すまでしばらく固定相場制が導入されていたとのことで、本邦も行きつくところまで行きつくようなら参考になるかもしれません。
ブルガリアは創氏改名などトルコ人差別を国策として遂行し、支配が緩むと「暴徒」の仕業に見せかけて公式文書を焼き払い、「ディミトロフは共産主義とは無関係に偉大な政治家」という意見が国粋主義者の間で根強いなど大倭豊秋津洲と似通った気風で知られ、手元の資料が実際的な機能を持つかもしれず楽しみです。
「革命は、街路の決意ある群衆からではなく、既存の政治秩序をエリートが手放すことによって始まる」
(S. Kotkin, “Stalin: Paradoxes of Power, 1878-1928”, Penguin Press, 2014, p. 166)
あらゆる国家機構というものは必ず「対反乱部隊」が控えているものですから革命という事象はむしろエスタブリッシュメントとか中堅と呼ばれる勢力がそれを維持する意義を見失うことで決定的となると論じるのがコトキンの冷静な視点だと思うわけですが、この状況に到るまでも「民意の受け皿になれない」とみなされてきた本邦の野党勢力の前途はまだまだ険しそうです。
『おどろきももの木笑店街』の人がデュエル・マスターズの漫画を担当された時は驚いたものですが小学生の頃は純粋にも「絶版」という現象について知らず、また小学館の児童漫画に関しては特に容赦がないという定評があることをまったく知らなかったため、コロコロ別冊の『カンニンgood』とかあの辺を僕が揃えるのはそれから二十年くらい経ったあとでした。
ブコヴィナの教会にも最後の審判を描いた絵があるそうで、ただ地獄に落ちていく人々はオスマン帝国の兵士の格好で描かれているらしく、これまた旧オスマン領で広く共有された感情かもしれません。
「チェコ人は正に、ヨーロッパの中心部に位置する小さな民族です。……チェコ人は自らの存在の大部分が他の民族の支配下にありました。こうした場合において、国民は宗教的な気違いになるか、ブラック・ユーモアに陥るしかないのです。チェコ人の場合は、幸いにその二つ目でした」
(「シュヴァンクマイエルへの質問」、[ユーモア]。『yaso 夜想/特集#シュヴァンクマイエル』所収、ステュディオ・パラボリカ、2007年、p. 24)
『蒼きバルカナリア』の題名が「バルカン」に由来する語なのか気になっているんですがまだ買えていません。宣伝で「絶対好きなやつじゃん」と確信したんですが急がないと在庫がなくなりそうな本と合わせて買います。『略奪の大地』の原作小説は確保しているんですがまだ読み切れていない。これは極めて問題だ。
ソヴェト時代に「招かれざる客はタタール人より始末に悪い」というロシヤ語の俚諺が「時代遅れ」とされ廃れたそうで、実際に神君/尊厳者も「駄目な例」に挙げているんですが、セルビアやブルガリアだと似た言い回しで「トルコ人」が用いられるらしく、地域的な差異と、辿って来た経緯や感覚の類似性との双方が感じられます。
「著者たちは、……スラヴ人がキリスト教によって識字能力と、幾分の高度なビザンツ文化を受け入れたという単純な事実を理解していない。……文字体系と入植の拠点としての修道院の役割を軽視している」
(«Постановление жури правительственной комиссии по конкурсу на лучший учебник для 3 и 4 классов средней школу по истории СССР», «Правда», 22. Августа 1937)
「聖書があれば言語や文字がついてくるよ」とスラヴ人に宣伝したキュリロスとメトディオスは偉大だ。
『バタフライ・エフェクト』という時間遡行を扱った映画を第一作から第三作まで一気に見たんですが、「一番出来が良い」と評される第一作よりも、どちらかというと第三作の方が気に入ってしまいました。はるかな古に『パペット・マスター』という人形が動くホラー映画を手に取り、第一作の栄光を意識しつつ、見返した数は『パペット・マスター3 ナチス大決闘』の方が多かったようなものです。
第二作は各所で酷評されており「広い心で受け入れよう」と覚悟を決めていたせいかあまりひどい映画だとは思いませんでした。
『タイムコップ』の終幕は本当に美しいのであれもテレビ版吹き替えを収録したブルーレイが販売されることが願われます。
「天空の城めざし
頂に屍を積み続ける
それがお前だ」
「それでも なおお前の目に
あの城が何よりも眩しいのなら
積み上げるがよい お前に残されたすべてを
一言心の中で唱えよ〝捧げる〟と」
(「決別」。三浦建太郎『ベルセルク⑫』白泉社、1996年、p. 184, pp. 190-2)
クリスチーナ・タニス『ソヴェト同盟における西側の映画:第二次大戦後の戦利品映画の配給と受容』
実に面白そうな本が出るようだ。ロシアの人らしいがどこ系の苗字の人だろう。金日成も側聞によれば日本映画の蒐集家で、我が第一の指導教官が「戦前の日本映画のコレクションがあるらしく一度見てみたいものだ」と仰せられていた。
でも俺はエリク・ヴァン・リー(?)先生の『ユートピアの境界線:プラトンからスターリンまでの共産主義の想像』という本を次に買うと決めている。永遠の理想郷という天空の城に辿りつくためなら現実の苦しんでいる人間の命など石くれに過ぎないと考えることもまた人類の濫觴より連綿と続いてきた罪です。
ことこの状況で支持率を上げることに本気になっていないということは、複数政党制や政治的多元主義について「打って出る覚悟がない」とか、競争相手がもはや権力を維持することが目的の、東欧圏の政権与党と同じく政党制における「政党」とは異なるあり方を選んでいるのは明らかにもかかわらず「覚悟が足りない」とか思ってしまうのは俺がまだ右翼だからだろうか。
また、レーニンが内戦中に定めた原理主義的とも時代錯誤的ともいえる党名を支持率よりも墨守するということでしたら、僕は正しく「レーニン主義を手放す気がない」と判断しますし、僕よりその手の話題に疎い人はさらに厳しく判断することでしょう。
ボリシェヴィキの権力の固定化については、「敵に恵まれていたこと」、すなわち反対派の無力と無能をコトキンは折に触れて強調しているわけですが、先の選挙で「野党第一党」とされる政党の宣伝動画が流れましたが、覚えている限り「心が豊かだった昔に戻ろう」と訴えるもので、何が論旨はともかくとして、三十代後半の僕でさえ何が何だかわからなかったということは僕より下の世代はもっと理解に苦しみ、有権者の不安や不満を糾合するのではなく、ただ何かの目標を上から強制されているような印象が強まったことでしょう。
ある政党については党名と心中することを選んだのだと思いますので望みを遂げられるよう応援しています。
「日本の保守主義者や新愛国主義者たちが熱望しているように、日本がもっと「普通の」軍事化を促進するために憲法を変更するようなことがあれば、戦後日本国家の性格を変えることは間違いない。……そのような憲法の変更が行われても、……日本の安全保障政策を特徴づけてきた、アメリカ政府の指令に対する日本の従属と追従に変化が起きることは全くない。……トランプと彼のアドバイザーたちが着手すると思われる新しい軍事戦略に、……「積極的に」貢献するようにとの圧力をますます強く受けるようになるであろう」
(「日本語版への序文」。ジョン・W. ダワー『アメリカ暴力の世紀』田中利幸訳、岩波書店、2017年、xiv-xv)
今日は出張先から帰るのが遅れているのでデモに参加できないけど、日曜の国会議事堂前は行きます。アホどもを罵りに。
世の中には「先生が言うならそうなんだろうな」と思う事象が沢山ありますが僕の体感だとあまり良くない物事の場合が多いのが残念なところです。
ある説明会で、あるロシア史の先生がなぜか僕の近くに座っていた時があり、別の学生が発言者に質問をした後、先生が「おい、あいつ今なに言ったんだ? ちょっと君翻訳してくんねえか?」と不機嫌そうに僕に述べられ、無関係な僕が震えました。
そういやイオシフ・ヴィッサリオノヴィチが大元帥という位について「なんで俺にそんなもん必要なんだ?」と幹部たちに«Переведите мне»と言っていたという話があるが、これは「翻訳する」とも解せる。元ネタだったのだろうか。
「結局のところロシアに必要だったのは「自由化」の美名の下に汚職や闇経済を全面的に解き放つことではなく、統治者でさえ縛られるルールの徹底と契約の拘束力を根づかせることだった」というヘドルンド先生の言説を全面的に肯定する気はないが何が言いたいかはわからなくもなく、「政治家だけ法の前の平等が適応されず全然「法の前の平等」じゃない「法による支配」が罷り通っていればKGB崩れの殺人者の泥棒支配になるぞ」という見解についてはまあ間違っていないと思います。
「もちろん、多くの西側の社会は、その理念〔法の支配〕を実践しているとはいえないが、モスクワ国に関しては、それに近づいたことさえなく、それは端的に、統治者を抑制する法を作ることさえ試みられなかったためだ。……これは透明性、予測可能性、説明責任に対する恣意性の決定的な勝利を表している。すなわち、そこにはいかなる規則も存在しなかったに等しい」
(S. Hedlund, ‘Russia reverts to Muscovy: What if We Simply Drop "Russia" from the Discourse?’, Routledge, 2025, p. 68, 80)
ギリシア人がペロポネーソス半島のおそらくアジア系の先住民族(ペラスゴイ人?)に入れ替わったことを表す証左としては、海洋恐怖症(thalassophobia)という語にも残っている、ギリシア語で海を表すθάλασσαという言葉は言語学的に非印欧語に由来することが立証されているためで、すなわちギリシア語を喋っている民族集団は海のない場所からヘラスに進出してきたことは疑いなく、僕が好きなのは、聖書の一番最初の「神の霊が混沌の海(תְּהוֹם)の面を覆っていた」の「テホム」とメソポタミアの創世神話に出てくる「苦い水」を司る女神ティアマトとギリシア語の「海」がすべて同根という話です。
ギリシアの都市アテーナイが女神アテーナーに由来するというのは民間語源に過ぎないわけですが、アテーナーと海神ポセイダーオーンが氏神の位を争ったというのは何らかの史実を反映していると思しく、アテーナーは海神の情人であった女神メドゥーサを怪物に変えたわけですが、アテーナーは智慧の女神メティスを捕食したゼウスの額から生まれてきた神格で、メティスとメドゥーサはともに「推し量る」という印欧祖語に由来するとされ、神話上のアテーナイ王テーセウスの父アイゲウスは「エーゲ海の」、すなわちポセイダーオーンの添え名と思しく、天帝ゼウスを奉ずる民族がペロポネーソス半島に進出して覇権を確立した経緯が窺えるといえます。
南アメリカで解放の神学を支持した聖職者とか、あるいはアルゼンチンの軍事評議会体制下の難癖を舌先三寸でやり過ごし、民主化活動家を国外に逃がしたりしていたホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿の高潔さが際立つともいえましょう。
共産主義者の「無神論」については、スペインで教会が伝統的に富裕層と結託し、権威主義の政権や地主に正当性を添える役割を担ってきたとか、あるいはロシア帝国でロシア正教会が基本的にツァーリ政府の太鼓持ちの役割を担い、グルジア出身のある革命家が通っていた神学校も、神父が生徒の奨学金に手をつけたという醜聞から一時(?)閉鎖の処置を受けており、ケテヴァン・ゲラーゼが息子を送り込んだ学校は実際には帝国教会の腐敗を目にした生徒が別の考えにどんどん傾いていく「革命家の温床」だったのではないかという説もあり、もしかすると「無神論」は「教会への反発」と書き換えるべきかもしれません。
冷戦中のチェコスロヴァキアで漫画は人形劇と同じく「子供向け」と判断されてあんまり検閲に気合が入っていなかったという話が『チェコを知るための60章』で書かれていました。
なおkomiksという呼び方は「西側起源」と考えられて忌避され、「連続した絵物語」というまどろっこしい呼び方をしていたらしく、「レーダーを電探に書き換えたりしたやつだ」と感じ、東欧圏の「社会主義」がどちらかというと大日本帝国に似ていたのではないかという僕の以前からの考えを補強してくれたように思います。
検索によれば「吹き出し」という文化も同じく「帝国主義的」とされていたようですがこっちはよくわかりません。