加えて音楽ZINE『痙攣』の既刊についてですが、こちらは編集長である李氏本人が一人で発送する関係で、5月以降順次発送となります。ご了承くださいませ。
Posts by 李氏
『「ポストエクストリームの時代に向けて」——痙攣的2020年代上半期ベストアルバム』がついにリリースとなりました!!!!!クラウドファンディングの支援者の方々にPDFのリンクを添付したメールをお送りしておりますのでご確認お願いいたします!!!!!
痙攣について本日19:00に大切なお知らせがあります!
BMTHは僕は品川の回で観ましたけど、他の追随を許さない圧倒的なセンスの良さとつんのめった実存的なガチさ加減の組み合わせの異様さと凄みがありましたよね……。
ジャズ部門の投票の参考にと、20-30代の若手と海外拠点のアーティストについて書いてみました
今の日本のシーンは既に若手が担ってるのでその簡単な説明です
▷ Column:MUSIC AWARDS JAPAN 2026"BEST JAZZ ALBUM" ノミネート候補作50について(5,800字)|柳樂光隆 note.com/elis_ragina/...
noteに書いたOPNとエヴァンゲリオンの音楽を神話的側面から交錯させた文章です。いわゆる考察とも批評とも違う現実と神話と虚構の同時記述のような文が書けたと勝手に思っていましたが、SNSではまったく反応はなかったです(笑)。しかしどうやらOPN本人が喜んでくれたようでした。それだけで十分でもありますね。
note.com/gendaikiroku...
こちらが『「ポストエクストリームの時代に向けて」——痙攣的2020年代上半期ベストアルバム』の表紙デザインの最終版になります!ご確認ください!
ここで行かなかったらただのフェイク野郎でしかないですよ笑
僕はQuadecaのために一日券を買いました。
Quadeca来日への反応を見ながら「お前らいままでどこにおったんや……泣」になってる。
これはインディでやってる人やマイナージャンルでやってる人ほど分かる話だと思う。
「そもそもの人数が少ない」と「男女比率を考える」の両立の難しさ。尋常じゃなく難しい。こういうのも実際にやってみるとその困難さがわかる。関与するの大事
「地域共生社会の 更 な る 展開」だってよ。カーッ、ペッ!
役所の公文書の読み解きには慣れていないが、要するに「現状、窓口が多すぎるんで、ムダ(弱者の居場所づくり)な金は削って、有益(障害者の雇用促進)な窓口に一本化します。そのときには地域住民の人もタダ(ボランティア)で参加してね♪」ってことを云いたいんでしょう。ぬけぬけとよくもまぁ。
というわけで地域活動支援センターに顔出しして、いろいろ話を聞いてきました。共生交付金が7割削られる、というニュースをスタッフの方がご存知なくて、こっちの方がびっくりしてしまった。正式な通達はまだ現場に届いていないらしい。きたくしてから厚労省のHPをねっちり調べていたら(YouTubeでずんだもんの解説を聞くより、一次ソースに当たった方が早い、ということをこの歳になってやっと学んだ)、見つけたよぉ。
「地域との連携・協同機能強化のため、相談対応人材の 共 通 化 や地域づくりを担う人材の 一 本 化 に向けた取組を推進するとともに、地域住民の参画を促す取組を推進する」
上手い云い方しますなぁ
チリのアーティスト、ビクトル・ハラの代表曲について書きました(2,700字程度)。後半はほぼバッド・バニーの話になります。
Victor Jara 「El Derecho de Vivir en Paz」 (1971) Song Review / Revisit|tt note.com/tt51970410/n...
21世紀は民主主義の価値が底値になる時代なのかもしれないですね。僕も先行きは暗い気がしています。
リベラルにせよ左派にせよ、もはや支持を広げる前にまず生き残ることを考えるべきフェーズだと思うんだよな。
皆が総力戦体制で死に物狂いで戦っている中で金持ちだけが優遇されていたという強烈な体験が、戦後の再分配政策に一定の説得力を持たせていたのは確かにありそうですね。ある意味さっき僕があげたファクターは元々死に体だったリベラルの理念に最後のトドメを刺しただけなのかもです。
長期にわたる低成長のもたらすマジョリティの不満とインターネット以降のスプロール的で抑制を欠いた情報環境が合わさった結果、「リベラリズムの理念がなんぼのもんじゃい」的な本音が容易に表出するようになった感じはありますよね。
しかし、多数派弱者には人数という武器があるけど、少数派弱者にはそれはない。少数者にも多数者と同じ権利が保障されるべきだという正義の理念しかない。
そのため、近年はリベラリズムの維持が難しくなっている。さらには少数の強者がこの状況に気づき、多数派に「少数派弱者の世話をしろなんて負担だよねえ。あいつら甘えてるだけじゃない?」などと吹き込み、中流や弱者の分断を図り、少数の強者が支配する世界をとりもどそうとしてすらいる、という印象。
これがすべての根幹で、リベラルがお高くとまってるとかは全部後づけだと思うんだけど。
「世界的にリベラルが弱体化してるのはなぜか」については「『少数派の弱者を守る』という方針の維持が難しいから」が根本じゃないかと思う。
十九世紀までの人類社会は、少数の強者が多数の弱者を支配する仕組みだったので、弱者が団結してこれを覆そう!という動きが生じ、じっさいにかなり成功した。民主主義はまさにそうだし、マルクス主義ももともとは「少数の資本家が多数の労働者を搾取してるのを正そう!」って思想だよね。
しかし世の中には、多数派が少数派を数の暴力で攻撃する状況も多い。マイノリティ差別とかはまさにそう。ここを受け持つのがリベラリズムだった。多数者の専制批判とか。
無能な味方は敵より怖いというけど、今回の選挙は、
リベラル「高市やめろー!」
習近平「高市やめろー!」
リベラル(ええっ!呼んでないよ!)
大多数の日本人「習さんが叩いてるなら、高市さんを応援すべきだな」
という構図になった時点で圧倒的不利だった。政治家でもないわれわれが、なぜ負けたのかとか反省会してもしょうがないよ。
リベラルの人は、ネットで高市さんを応援したり、リベラル・左派をdisってる人が支持層の代表だと思わないほうがいいんじゃないか。リベラルとちがって、高市派はずっと有利なんだからそんなに必死に応援する必要ないんだよ。私が高市派だったら新聞の予想を見て安心して、選挙の話なんかしないと思う。今でも高市応援をしまくってるのは、支持者の中でも思想の強い人たちなので、彼らにかまけてると感覚が狂う可能性があるよ。
医師資格も無いのに手術に参加するみたいな無理が色んな条件のもとでこれまで何とか成立してきただけであって。
僕は自分に投票権なんてなくていいと思ってるよ。
さっきねツイッターでお医者さんが制限選挙(になればいいのに)とはなしていた。まぁぜんぜんおどろくことではなくてわりとみることで。でも、「高学歴」の「男性」以外で制限選挙(になればいいのに)というの見たことない。マジで自信満々なんだなー自分は「制限されない側」って疑ってない。ひとつの信仰なのかもしれないね。
何というか、そういう「ポップカルチャー」の有機的な全体性をまず疑った方がいいんじゃないですかとしか思えないんだよね。長渕剛や宇多田ヒカルやチェンソーマンを論じるためにはHANAやちゃんみなを知らないといけないという観念自体が相当程度特殊なものではという。
x.com/kimu_ra10/st...