思いを込めて結構長期間(1年近いかもしれない)気になってる状態で買うタイミング伸ばしてたASDについての本買ったので好きに読んでく
Posts by みかげ🔞🕊️
今日また病院だったんだけどやっぱり家族性の高機能ASDみたい(長男はもう知覚推理は130近いけどワーメモは90等の数値出てて、次男も凸凹の度合いはわからないんだけど得意不得意激しくて拘りは強い感じっぽく見える(経歴的にワイも同様の可能性高いし夫も同様かもしれない)という見立て複数箇所でもろてる)のでやっぱりその方向性で知識集めて人生設計し直しというか方向修正して地道に行動するのが良さそう(無理はせず/させず、ただ楽しく過ごせる場所は家庭以外にもやっぱ複数あった方がいいっぽい)なのでそれでやっていくぞの思い
思い出補正あるかもだし個人の感想なんだけど、ノストラダムスの予言該当年月日の1999年7月の直前の5〜7月のなんとも言えん空気感凄い良かったなと思う。ワイ小6だったのでどうやら子どものままで死ぬかもしれないという事への謎の誇らしい感覚みたいなのも持っていたような気もする。
その後の7〜9月辺りの混乱(来年らしいとか別の年らしいとか)もまだ若干(内心結構)期待してたんだけど、2000年になった時なんかこれ多分来ないんだな、じゃあ同じようなメンツのまま中学生になって、この家で生活するのが続くのか…というなんとも虚しく地味にショックな感覚があったなと思う
周囲の普通に鼻血出る人たちから鼻血は痛くないよって聞いてたんだけどなんか普通に鼻の奥がちょっと痛くね?(鼻血出る時)、あとカピカピに固まってきた時もなんか普通に痛い感覚が生じてる気がするんやが…と思う
なんとなく起きてしまったのでなんとなく鼻かんだら鼻血が結構出ててびっくりした(人生でまともに鼻血出た回数5に満たないかもしれないので出るとちょっとビビる)
伊吹くん(OC)をたまに描かないとどういう人だったか忘れそうだなと思って気晴らしに数分で描いたんだけどなんか既に忘れ始めている気がする
2〜3年前は時間さえ用意できれば連続8〜10時間描くのが普通だったんだけど今無理な感じなのでなんか35歳って思ったより若い年齢だったんだなと思う
今日は5時間ぐらい作業したのでもう限界ンゴ状態
今朝は冷えるわねと思ったらエアコンの設定が暖房から冷房に切り替わってたみたいでそりゃ寒いわ案件だった
今日なんかテレ東の人にも御当地風習みたいのに関する取材前取材みたいので話しかけてもろて(凄い丁寧に聞き取りしてくれて、普段の顔見知りとの雑談の50倍くらい話しやすく、テレビ局所属の方って会話を回す力がマジで物凄いんだなと思った)、それに関しての不快感とかは全くないんだけどなんか普段と違う事多すぎて変な1日だった
夫に頼んで在宅体験入学みたいなののクーリングオフ(500円だけど)完了した、でかいモールにいる🎈のとこだよ(自宅まで来ると思わんかった)
長男は今朝急に学校行きたい気持ちが湧いてきたみたいで1年半くらいぶりに9時台登校してった(凄い楽しめたみたいなのでこれは滅茶苦茶嬉しかった)しどうしても確認したい事あってほぼ縁切り状態になってた実家に電話もしたし玄関にセールスまで侵入してきて1時間くらい帰らんくてもう今日は疲れ切った(でも投げ出したくなさすぎる絵(有償依頼)の作業も1時間半くらいしたし感想推敲もした、原稿(表紙裏表紙)も巻いて仕上げていきたい)
なんとなくわかってたので一般労働形態にない状態にあるんだけどやっぱこの感じ(極端に言うと可変穴埋めパーツ的な動きが必要)になるんだなという事へのなんとも言えん感覚がある
子どもの療育復活しそう(一昨年1年乳幼児向けに通って、なんか結構大丈夫そうだねという事で1年間普通の園(加配してくれた)に通ってたんだけどやっぱ結構ASD傾向かもねってなった)なので近いうちにまた忙しくなりそうでグオオオオ頑張るぞ(療育始まる前に極力色々完成させるぞ…)の思い
そもそもインターネット上に生命科学関係とか般教のレポートに活かせるような情報がそんななかったような気もする(20年前)、でも出席の報告は一部デジタル化されてて実際の講義に出席したのにフォームでの申告をし忘れるとかをワイも周囲もそこそこ頻発させててきつかった
ワイの時(20年近く前の生命科学系学科)は提出レポートの参考にWikipediaを使ってはいけません(判明したら落単確定)、絶対に書籍か文献から調べて、意欲のある奴は担当教員に相談して論文を取り寄せろ、が学科内(学部内かも)ルールだった(学部生のうちから慣れておかないといざ博士課程行った時マジできつくて冗談じゃなく死ぬから、学部生のうちから慣れたり、自分の適正を見極めたりして欲しい、という主旨だった、なので多分大抵の人が納得して従ってた)んだけど今多分結構変わってそうだなと相互さんのポストにつられて思った(でも今もう大学と全く関わり無いのでわからん)
本棚がもう一個ないと収まらない量の本が本棚以外の場所に積み上がってしまってるのでどうしようか悩む(本含めた断捨離的なものした時本については結構後悔したので、あんま手放したくないんだよなと思う)
だいぶ暖かくなってきたので今日は部屋の模様替えを少しした
てにおはの確認に60分×3回って実際の現場であんまやらない気がするな(てにおはとかいいから極力早く出せという圧の方が研究室でも製造業現場でも滅茶苦茶強かった気がするな)と正直ちょっと思ったので、よく確認したらワイの頭の中でそれぞれ別(コピーライティング本からの抜粋と文筆系のもの)の推敲方法が混ざってたみたいでうーーーーーんGoogleトップに出てくるあれのつくホラのようなものが頭の中に生じていたのちょっと嫌だな(でも違和感を持って再確認する事はできたな)と思った
調べてみて「締め切りや人生の残り時間の度合いによるが翌日確認するよりは翌々日以降がいい、確認ポイント(てにおは、構成、テーマの明確さ等)を一つに絞ってそれぞれ1回60分、可能なら計3回推敲した方がいい、だいたい3〜5日のブラッシュアップ期間が必要になる事を見込む」という見解を得たので取り入れてみようかなと思う(でも思ったより厳格な基準あるんだな!?とちょっと怯んだしビジネス用の手法だと思うのである程度柔軟にやってく)
他者に寄せたい感想や自分の作品等を加筆修正の為に寝かせるのって一般的に何日くらいかけるものなのかとかも何気に知らないな(なんとなくの感覚でしかやったことなかったな)と今思った
読ませて頂いたものの感想をちゃんと書きたくて5日近く考え、4600字ぐらいになったんだけど、感想と持論(作品から飛躍して完全なる妄想の域にあるかもしれない)の見分けが今の自分には難しく、怪文書化が酷いような気がするので表に出すのはもうちょっと寝かせて確認修正してからにさせて頂きたい…でも感想まで考える事自体は凄く楽しかった
○感情や感覚
✕癇癪や感覚
ワイが癇癪っぽい感情に悩んで検索等している事が予測変換(履歴)経由で漏れてしまった
ちょっとずつ読もうと思いつつもう読み終えてしまった(読後に散歩行って手書き日記も書いた。癇癪や感覚の脚色とか省略をしない日記書くの意外と難しいな、出来事そのままだとつまらんと感じてる部分が結構強めにあるのかな…と感じた)、土門蘭さんの本読むの多分本書が初めてだと思うんだけどとても面白かったので、本書も改めてゆっくり読み直したいし、他の著書も読んでみたいなと思った
今こちら読んでた(第3章の末まで読んだ)んだけど3回感極まって泣いた(私は私の事を殆ど知ろうとせずに生きてきたんだなと感じて、あぁなんかここまでよく心理的に一人というか0.25未満の人な感じで生きてきたな(でも普段の生活と自己表現をしながらなんとか「私のほんとう」に縋ってきたんだな)と自分に対して感じた、あと親も自身の事をほぼ知らなくて死ぬほど孤独そうに見えるんだよなと思った)、私が「ほんとうのこと」をちゃんと書けるようになるまでは結構な時間が必要そうなんだけど、具体的なやり方が端的に書いてあって滅茶苦茶助かりそうな感じだった
www.diamond.co.jp/book/9784478...
非合意R18Gはもうマジで好きな人に気が向くタイミングでご足労頂いて静かに見て頂く形にしたいなと思う、xfolioも長らく未更新なのでどっかで整えたい
まだ全く動かしてない(まだ一言も発してない)んだけど非合意R18Gの告知とか趣味の創作する時に使うと思うので一応もうリンク貼っとく、でも正直今後どの程度動かすか等ほぼ未定なのでフォロー等ご無理なく
xissmie.xfolio.jp/@mikamiggg
凄いストレートに言うと当時のゲーム中の自認は完全にポケモントレーナーの少年だったし今もその傾向にある(リザードンは何回めのセーブデータの相棒だったかもう覚えてないんだけどかっこいい相棒認識であった)ので、待望の金銀がやーーーーっと発売されたぞ!リザードンもおいで…と思ったらリザードンもワイと同じお母さんになる可能性のある方の性別なの…?え?カメックスともフシギバナとも新しい相棒のオーダイルとも夫婦になれる…?個体値低いと♀になる?う、うーん…うーん…(体調不良)という感じのショックさがあった。でも今なら普通に超かっこいいワイの相棒(リザードン♀)としか思わない気がする
イーブイがいっぱい欲しいので一生懸命64のポケモンスタジアム(2か金銀だったような気がする、ゲーム内のなんかを達成すると何回も貰えた)をやるんだけどなんとなく良くない事をしているような気がする感があったりしたなと思う、あと初代で使ってたリザードンを金銀に送った時♀と判明してお前♀なんだ!?って正直かなりびっくりした思い出があったりした
最近のゲームあんまやってないから今のゲームがどんな感じかわかんないんやが、思春期頃にプレイしたゲームがタイトル毎に生死観かなり違っておもろかったしわりと影響受けたような気がするな(一回死んだらゲームシステム上戻って来ないゲームも普通に死者蘇生が全く咎められず特大ハッピーエンド扱いなゲームも死後の世界が主体(でも魂の死という概念もある)なゲームもやって全部楽しかったし、それぞれの価値観に全部感情的な引っかかりがあったな)と思う、初代のポケモンとかもどうやら普通に瀕死を通り越した「死」が設定上あるらしいってわかった時若干の驚きと虚しい感じの恐怖感(でかい暗い穴がすぐ側にあるような感覚)があった