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声ではなく伝わつてくる音がつよいクレセント錠を開ける音とか
Posts by 十谷あとり
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開けむとし添えたる指に感知する紙箱の蓋のかすかな抵抗
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かへつて来ないあの子はいい子かわいい子赤い瞳の三月兎
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ふゆのいぬのくちがひらいてはるがのぞく春はこいぬの舌のうすさに
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潮がのぼってきてもいいのはここまで と 線を引く。砂に汚れた靴で
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懐かしさの井戸に差し汲む何もなく西向きの硝子砂に荒れたり
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紅まどんなとふ名のなにとなく恥ずかしく手にとらざりき艶の丸実を
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架電中の眼が追つてゆくあれはとても小さなちひさな蜘蛛の爪先
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白梅の花と並んで立つてゐる信号を待つ朝のときのま
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ははのくにのことばではなすむすめたちけむりのやうな眉をひらいて
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柿の葉寿司の文字ある街にいくたびの春をけむりのごとく過ぐしつ
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噴き上がる冬のちからのしろき花八つ手の花に蜂が来てゐる
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「なくなる」と「見えなくなる」はまた違う お腹の中に灯る百合の根
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これほどにふくらみたかつた羽毛たち鳩のいのちの消えたるのちに
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水仙の葉は浮遊し目に見えぬひとの身体の輪郭に触る
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わたしたちは右手と左手重なつても違うのだから違うのだから
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透明な傘に響く雨 滴りは遅さ速さを争わず落つ
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鍵の音何度響かす、いつか鍵をかけて戻らぬ夜が来るまで
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椅子の住む椅子の街にも理不尽な椅子がをるらし獰猛な椅子も
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油彩画に描かれし部屋のひとつひとつ訪ひし後の微かなめまひ
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あをを恋ふこころを知りぬ冬の朝風に崩るる雲間のあをを
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オオスズメバチの羽音鋭し風も人も押し返すそのちから羨しも
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まあたらしき消耗品がまた届くもうすぐこはれる本体のため
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薄明の首すぢに掻き寄せる襟 秋はもうこはれてしまつた
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ブロックプリントの花くりかへし咲きつづく線と色とのずれもともども
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ゆふかげの消えゆく斎庭犬枇杷のいろづく葉むらそこのみ明く
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雨の母趾にやさしく踏まれ石たちの色は濃くなるうつくしくなる
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叩くなら叩くほどよきものもあるひとが諸手になすわざ拍手