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Posts by サードロウ

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グラハム・フォイ『メイデン』。16㎜フィルムの粗い粒子で捉えられた、カルガリー郊外の自然に囲まれた町で生きる3人のティーンエイジャーが抱える弱さ、孤独、悲しみ、そして生と死までもが、量子力学的な空間として立ち上がる世界に再定義されるかのような、映画の力を静かに感じさせる傑作だった。

11 months ago 1 0 0 0

Q&Aは太陽光線(マジックアワーなど)の撮影についての答えが興味深かった。デジタル撮影だと光が直接的に撮れ過ぎてしまうため、昼間の垂直の光ではなく、午後の水平の光を撮るように心がけた。映画的になるかテレビ的になるか、光を撮ることは闘いでもあると語った。

音楽について。本当は有名な曲を使いたかったが、自分たちのような規模の映画制作では使用料だけで映画一本分ぐらいかかってしまうため、作曲家にラジオのヒット曲っぽいものを作ってくれるよう頼んだ。その中では監督本人が歌っているものもあるとのこと。

11 months ago 0 0 0 0

パート2の上映後はシタレラ監督によるオンラインQ&A。スクリーンの向こうのブエノスアイレスは朝の9時過ぎ。途中、監督の幼い娘さんが画面に姿を現す一幕もあった。彼女は映画で妊娠中の姿を見せた監督がその時に身ごもっていた子であり、生まれた後にはチーチョの幻想シーンにも出演している。

11 months ago 0 0 1 0
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ラウラ・シタレラ『トレンケ・ラウケン』。昨年末以来二度目の鑑賞。前回は次々に現れる挿話の予測不能の展開に振り回された(その心地よさに酔った)感じだったが、実はそれぞれの章が時系列的に重なり合い、全体では短い期間を描くタイトな構成の映画でもあることに気付かされた。

もうひとつ。女性の失踪を主題とし、彼女を追う二人の男性を主体的に描くパート1に対し、パート2では彼らの存在感が薄れ、主体が女性たちへと移行していく。その意味でこの作品は(画面から)男性が消えていく映画という見方もできるのではと感じた。

11 months ago 1 0 1 0
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意表をつくタイミングで流れるフアナ・モリーナの音楽も良かった。彼女の名前は知っていたが、ちゃんと聴いたのは初めて。フォークトロニカ、と言っていいのかな? 暖かさと鋭さが同居するような独特のサウンド。残念ながら配信にはなく、フィジカルも出ていなさそう。とりあえず、今配信で聴ける彼女の別のアルバムを聴いている。

11 months ago 0 0 0 0
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ラウラ・シタレラ、ベロニカ・ジナス『ドッグ・レディ』。町外れの森で、犬たちと暮らし、共に行動する女性の四季を描く。ひとりの女性と家族のような犬たちが、現代の世界の中で共生する姿を、台詞/言葉に頼らず、神話的と呼びたくもなる映像そのものの力で見せる手腕に、最後まで見入る。傑作。

11 months ago 0 0 1 0
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マノエル・ド・オリヴェイラ『夜顔』。ルイス・ブニュエル『昼顔』のセヴリーヌとユッソンの38年後の再会を描く。あの映画で残された二つの謎──ひとつは物語上取るに足らないけれども印象に残るもの、もうひとつは物語の核心に関わる重大なもの──が、ついに明かされるのかと期待が膨らむ。

とはいうものの、その答えを(二次)創作してまで明かしてしまうのはどうなのか…と思っていたところ、さすがはオリヴェイラ、一筋縄ではいかなかった。会話劇としての面白さ、鏡の使い方、光と影の演出など、やはり見事というしかない。ただすべてを楽しむには『昼顔』を見ておいた方がいいと思う。

1 year ago 0 0 0 0
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エマが真に絆を感じ、結び付くのは、夫でも、二人の娘でも、浮気相手の男たちでもなく、洗濯女リティニャただ一人であり、加えるなら浮気相手オゾリオ家の壁に掛けられた肖像写真の中の大奥様という二人の女性なのだという点にグッと来る。「女性同士の連帯」という言葉は強すぎるかもしれないけど。

1 year ago 0 0 0 0

神の視点を持つ語り手によるボイスオーバーが、物語の状況や登場人物の心理を語るため、映像の方は説明的な描写やカット割りが最小限に抑えられているのかもしれない。そのためか、ところどころでサイレント映画(グリフィスのような)を思わせるところもあった。

物語の着想源となった『ボヴァリー夫人』との関係で言えば、ひたすら自滅していく『ボヴァリー』のエマに対し、こちらのエマには、同じく浮気を繰り返しながらもより強い主体性が感じられる。家父長制的な世界から離脱していくような凄みすら漂わせており、例えば『ジャンヌ・ディエルマン』や『ワンダ』あたりと並べて語りたくもなる。

1 year ago 0 0 1 0
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マノエル・ド・オリヴェイラ『アブラハム渓谷 完全版』。若い時分に一度観ているものの、正直ほとんど記憶に残っていない。今回は完全版ということだし実質的には初見。そうなるだろうとはわかっていたが、やはり圧倒された。簡潔でありながら、緻密に考え抜かれたであろう構図と色彩。すべてのカットが見どころと言っていい、驚くべき映画体験だった。

1 year ago 0 0 1 0

『IT’S NOT ME』は素晴らしかった。最後まで食い入るように観た。詳しい感想は本公開の際に改めて書きたいと思うけど、現代の混沌としてきた世界の危機、誰もが簡単に映像を撮れるようになったが故の(神の手を離れた)映像の危機、そして自らの眼で世界をクリーンに見ることが難しくなった「見ること」の危機の中で、今この映画を世に出してくれたことに対する感謝のような思いを抱いた。

1 year ago 2 0 0 0

質問者は最後の1人を除き、すべて男性で、カラックスが「日本には女性がいないのですか?」と冗談めかして言う一幕もあった。また、自らをカオスと定義づけ、感覚的に映画を作ることを強調しており、その言葉と、質問への答え方を聞いていると、例えば映画批評などの論理的な言葉などとは微妙に相容れない人なのかもという印象を持った。

1 year ago 1 0 1 0
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『IT’S NOT ME イッツ・ノット・ミー』レオス・カラックス監督Q&A付き先行上映に行ってきた。色々と良い話を聞けた。

例えばこんな発言「映画は決して1人で作るものではない。自分のカオスを理解し、共有してくれる存在が必要だ。それが、この作品を捧げたジャン=イヴ・エスコフィエであり、ドニ・ラヴァンでもある。彼らに出会わなければ、まったく違う映画を作っていたかもしれない。今もそういった人に出会うチャンスを探している」

あと、常に本を2冊づつ、昼と夜で分けて読んでいるという発言も興味深かった。

1 year ago 1 0 1 0
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先月出願していた放送大学から、合格通知書が届いた。1年間の選科履修生として、まずは1学期、2科目を受講する。

・映画芸術への招待(まあ、これがやりたくて初めて放送大学に入るようなもの)

・日本語リテラシー(文章力をもっと上げたく)

文学や歴史も考えたけど、それは次学期以降で。まずはこの2科目をしっかりとやりたい(ホントに、ちゃんとやれよ自分)。

1 year ago 3 0 0 0

最後の()内はフェイブルマンズのあれのことね。

1 year ago 0 0 0 0
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テレンス・マリック『バッドランズ』。すべての行動が明白ながら、内面の奥までは読めないマーティン・シーン。一方で、自発的な行動はほとんど取らないものの、ボイスオーバーによって思考が明確に伝わるシシー・スペイセック。この対照的な組み合わせが面白い。

人物のキャラをことさらドラマチックに誇張せず、彼/彼女を取り巻く自然=世界と共に描く。テレンス・マリックの特徴的なスタイルがこのデビュー作ですでに見られる。全編に渡ってさまざまな動物が登場し、後半にかけては地平線が忘れ難い印象を残す(やや画面の中央に据えられがちな気もするけれど)。

1 year ago 0 0 1 0
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新宿ピカデリーで行われた『ANORA アノーラ』のショーン・ベイカー監督とプロデューサーのサマンサ・クァン氏の登壇回へ。名目上は舞台挨拶だったが、実質的には30分近くにわたる充実したトークショーとなった。内容は、撮影現場でのマイキー・マディソンの凄さ(その時点でオスカーを獲れる予感がしたとのこと)、日本の映画監督(鈴木清順と今村昌平)からの影響、自身にとっての編集の重要性、エンディングを決めてから制作を始める手法、そして観客同士の対話を生む、解釈の余地がある作品への思いなど。

1 year ago 0 0 0 0
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『コンパートメントNo.6』のポスト、書き直して再掲しました。いいねくれた方がいたら、すみません。

この作品、カンヌのグランプリだったんだ(『英雄の証明』と並んで)。『チタン』と『ドライブ・マイ・カー』の年。

1 year ago 0 0 0 0
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未見だったユホ・クオスマネン『コンパートメントNo.6』をU-NEXTで鑑賞。ロキシー・ミュージックで始まり、ロシア歌謡で締めくくられるオフビートなロードムービー。何もかもが思い通りにならなかった旅のすぐそばに、本当に大切なものがあった。最後のラウラの表情が、それを物語っているように見えた。

1 year ago 1 0 0 0

実際にはニューポートフォークフェスには出演していなかったはずのジョニー・キャッシュがとても効いていた。この映画のディランにとって、ピート・シーガーが“善き兄”だとすれば、キャッシュはもう一人の“魅力的な不良の兄”のような存在に見えてくる(となると、やはりウディ・ガスリーが父親になるか)。

1 year ago 0 0 0 0

そんな不穏さを体現する存在として、シャラメは素晴らしかった。物真似に寄りすぎることなく、それでいて確かにこの時代のディランだった。カリスマ性とセクシーさを備えながらも、心の奥底を嘘や仮面で撹乱し、容易には捉えきれない人物がそこにいた。

(伝記映画にありがちな)ディラン本人の歌を最後の最後まで流さなかったのも良かった。実在の人物の人生に基づく伝記映画でありながら、同時にティモシー・シャラメ主演の非常に面白い劇映画でもあることを強く感じさせた。

1 year ago 0 0 1 0

この場面だけでなく、この映画ではディランの歌詞が物語の重要な場面に対応する。まるでミュージカルのように。正直これは意外だった。もっと歌詞そのものをじっくり聴かせる演出になると思っていたから(何せノーベル賞受賞者だし)。しかしこの割り切った?演出は、これはこれでありだと思った。

史実を知る者にとっては、この映画は冒頭からどこか不穏だ。ディランとピート・シーガーの車内での会話や、シーガーが子供たちに冗談めかして「この裏切り者!」と言う台詞などに、すでに後のディランの転向(=映画のクライマックス)を思わせる伏線が仕込まれているように感じてしまう。

1 year ago 0 0 1 0
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ジェームズ・マンゴールド『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』。1964年のニューポートでの『時代は変わる』の場面に唸らされた。観衆はいまだにディランを世代の代弁者として見ているが、彼自身はすでにそのシーンとの決別を決意しているかのように映る。その結果、この歌の歌詞は二重の意味を帯びる。

この曲が持つ「これからは我々の時代だ」というメッセージは、本来は親の世代や政治家たちに向けられたもののはずだが、この場面ではディランがそれを観衆に向けて歌っている。その解釈は自分にとっても新鮮で、まったく考えたことがなかった。

1 year ago 0 0 1 0
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上映後には、小田香監督と出演の吉開奈央さんによるトークイベントが開催され、渋谷哲也さんを聞き手にベルリン映画祭の話を中心に語られた。パレスチナ支持の帽子とバッジを身に付けて参加した小田監督に対し、映画祭側の対応は厳しいものではなく、周囲の反応からもさりげない連帯を実感したとのこと。

映画の内容については、森の中で吉開さんと沖縄の語り部の方が突然話し始めるロングショットの場面について、小田監督が「二人が勝手に話し出した」と語ると、吉開さんが「いや、監督の指示があった」と返し、記憶の相違をめぐってやり合う(もちろん和やかに)場面では、会場が大いに沸いた。

1 year ago 0 0 0 0
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小田香監督『Underground アンダーグラウンド』。冒頭の、ポスターと同じトンネルのショットに一瞬で映画の世界へと引き込まれた。明確な物語がなくとも、シークエンスのパーツなどではない独立したショットの強さが圧倒的で、いつまでも見続けていたくなる。

主演(ととりあえず呼ぶ)の吉開奈央さんの役名は「シャドウ」だが、洞窟や地面に映る影そのものもそれ自体の存在が魅力的だった。沖縄の平和ガイド・松永光雄さんの語りは、その重い内容とともに深く引き込まれ、映画全体の音響(あの軍用機?の轟音など)もまるで立体音響のような凄みを持っていた。

1 year ago 0 0 1 0
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ラストについて。ロシア人の用心棒イゴール(ユーリー・ボリソフ、素晴らしかった)は、プロの武闘派でありながら、アニーを思いやる繊細さを持つ。そんな二人のやり取りが生み出すスリリングな緊張感の先にある結末は、あれでよかったと思う。アニーの物語はそのようなありがちな円環構造に収めるべきではないと思うから。

1 year ago 0 0 0 0
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パンフのマイキー・マディソンのインタビューによると、彼女が監督から(役作りに)勧められた幾つかの映画の中の一本として、ピアラの『ルル』があったとのことで、なるほどと思った。他にも『女囚701号 さそり』など、どれも女性の主体性が描かれている映画。溝口はなかったのかな? 『赤線地帯』とか、ショーン・ベイカー絶対好きそうだけど。

1 year ago 0 0 1 0
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ショーン・ベイカー『ANORA アノーラ』。愛情は単なる取引に過ぎないことを重々承知していたはずのアニーが、これまでの客とは違うロシア人御曹司のアプローチに、もしやと思ってしまった……。実質2部構成のシンプルなプロットの中に、喜怒哀楽が濃密に詰まっている。コメディとシリアスのミクスチャー。終わりそうで終わらない長いシーンの演出にカサヴェテスを思う。

1 year ago 0 0 1 0
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アラン・レネ『ジュ・テーム、ジュ・テーム』を角川シネマ有楽町にて鑑賞。自殺未遂をした男がとある研究所でタイムリープの被験者となるが、一分間だけのはずだった実験が不具合を起こし、彼は一年前の記憶の断片をランダムに何度も再体験することになる……。一見親しみやすいSFとはいえ、そこはやはり『去年マリエンバートで』や『ヒロシマ・モナムール』の監督らしい、硬質で歯応えのある一作だった。

1 year ago 0 0 0 0
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現在進行形のアパルトヘイト。イスラエル側のブルドーザーによって家が破壊され、建て直してもまた壊される。特に後半、子供たちの学校が平然と壊される場面には胸が痛む。そして軍の後ろから次々と現れる、銃を構えた入植者たちの姿には、言いようのない嫌悪感を覚える。

バーセルに協力するユヴァルは、この状況を本気で変えたいと考えているが、イスラエル国民である彼には通行の自由があり、安全に帰ることのできる家がある。二人の対話は微妙にすれ違う。この問題の難しさを痛感する。上映時間が過ぎても、この映画に本当の終わりはまだ訪れていない。

1 year ago 0 0 0 0