今日ハーグに行った目的は王立図書館主催の講演会だったのですが、Q&Aの時間にオランダ人の年配のおじさんが、
『今実は本を書いててね、インドネシアの歴史についてなんだけど、AIを使ったら4日ぐらいでできたんですよ。AIは素晴らしい。もっと活用すべきです。』
ってプロの作家さんたちを目の前にして150人ぐらいの聴衆も聞いてるところで、堂々と言えるって相当だな😂AIで暴走する爺さん顕る。本と言葉を愛する人たちが苦笑いしとったで。
それで本が完成したとしても、そんなもん誰が読むの?!
でも、オランダのこういうどんなバカなことを言っても発言は尊重されるの、嫌いじゃないですよ。
Posts by Fumiko Miura
今日はハーグに行って、たまたまGoogle Mapで見つけた個人コレクションの美術館Museum Brediusに入ってみたんですよ。
フランス・ハルスやレンブラントの作品もあったのですが、お向かいのMauritshuisの凄さにむしろ気付かされました。
この人はフェルメールになりたかったんだろうな、と思うと辛い。
ちがう人の似たような絵を見ると、なぜフェルメールが偉大な画家なのかが分かってしまう。より高い頂点に達するには広い裾野が必要だということか。裾野は裾野の役目がある。
オランダの醍醐味は何と言っても裾野の絵画がふんだんに見られることだと思っている。
museumbredius.nl
そうではなく二つは互いを補強するのだ、という言葉があります。この言葉を読んですぐにまた絵を見に行きたい衝動が湧き起こってきました。
先日ドイツ東部とポーランドで美術館を周って来たんですが、行く前にこの本を読了しておけば更に楽しめたのでは…とちょっと後悔。そして、やっぱりヒエロニムス・ボスの『快楽の園』をどうしても観たくなり、マドリッドへの航空券を予約したのでした。
『饒舌な名画たち 西洋絵画を読み解く11の視点』石沢麻衣著 #読了
作家・美術史研究家の石沢麻衣さんが、古典的西洋絵画にはどういう意図をもって何が描かれているのかを紐解いてくれています。街から美術館へ一緒に歩き、絵の傍で対話をしているような、そんな素敵な文章です。
西洋絵画を読み解くにはギリシャ神話やキリスト教世界の知識が必須なのは言わずもがなですが、絵が描かれた当時の社会状況や注文主やモデルと画家との関係、風景画の始まり、夜と光の扱いなど、さらに一歩踏み込んだお話が興味深い。
『おわりに』で、絵は感覚的に”見る”もので知識で”観る”のは自由な感性の妨げになるという考えがあるが、
Wikiの画像を見るとあまりイコン的じゃないですよね。小説中ではイコン画よりもルネサンス的な絵を描きたくて凄まじく葛藤してたように書かれていますが、その葛藤も分かる気がします...
こんな画面が存在することすら知らなかったです😱
ロッテルダムのDe Doelenに角野隼斗さんが来るんだけど、チケットまだまだいっぱい余ってるんだよ。あれなんかな、演目にも依るのかな。
日本だったら人気でなかなか買えないみたいなので行くことにした。
www.dedoelen.nl/nl/agenda/au...
今朝ラップトップを立ち上げたら、初めてこんな画面が出てきて半パニック😱
しかし、こういう時に役に立つのはメーカーのヘルプではなく英語圏のコンピューターマニアのYouTubeお助け動画だった。
お陰で1時間ぐらいで脱出できた。ふー、朝の時間を無駄に過ごしたが、なんとか解決できて妙な達成感😂
ありがとうございます!これから一連の家の売買と引っ越し、早くカタを付けたいです。
この物語はりんの日記や様々な資料を基に紡ぎあげられたフィクションではあるが、なぜ絵画としての技術が稚拙で古臭く薄暗いイコン画を描かなければならないのか、最初は納得がいかないものの、次第にその意味を見つけて行く心情の変化に光を当てているところが素晴らしい。明治初期から時代が下がるにつれて西洋文化に対する眼差しがどう変化していったのか、時代の空気もしっかりと感じられる。
湯島のニコライ堂(正式には日本ハリストス正教会教団 東京復活大聖堂)や日本各地の正教会で山下りんが描いたイコン画が今でも見られるとのことです。
www.orthodoxjapan.jp/seizou.html
浮世絵師の下で修業をしていた頃、ちょうど東京では工部美術学校が開校した。旧笠間藩主からの支援を受け入学し、そこでお雇い外国人教授のフォンタネージから西洋画を学ぶ。そこから紆余曲折を経て、日本人のイコン画家を必要としていたニコライからの支援を受けて、サンクトペテルブルクの修道院に単身で留学することになる。
明治初期に言葉も通じないロシアへ単身で絵の修行に行く。それにはとんでもない苦労が伴ったはずだ。しかも、帰国後はロシア皇太子が襲撃された大津事件が起こり、日露間の関係が悪化、日露戦争に発展していくという社会情勢で、ロシア帰りというだけで白い目で見られた。
『白光』朝井まかて著 #読了
明治時代に日本人女性初のイコン画家がいただと? なになに、どういうこと?
と、また山田五郎さんのYouTubeで知って興味を持ち、イコン画家山下りんの生涯をもとにした小説があると知って手に取ってみました。
山下りんは幕末の安政4年(1857年)に現在の茨城県笠間市で生まれ、子供のころから絵が好きでしかも上手だった。だがその時代に女性が筆一本で自活するなどとは考えられないことだった。周囲は結婚を勧めたが、りんはこっそり家出をして東京に向かった。一度は兄に引き戻されたものの、やはり絵師になりたいという気持ちが抑えきれず、りんは再び東京へ向かう。
18年前にこの家を買った時と比べると、不動産業界も随分進化しているし慎重になっている。オランダのちゃんとした不動産屋はほとんどmove.nlというプラットフォーム上で家の登記情報管理から、内見や入札の連絡を取り合っていて凄い。
家の売買プロセス自体めちゃ勉強になる。
今住んでいる家が売れそうで、あとは買い手の方がローンが組めるのかどうかにかかっている。
もうあと数ヵ月でこの家とお別れかと思うと淋しい。私らのメンテが至らなくて悪かったけど、日当たりも良くて広々してて本当に住み心地の良い家だったんだよー。
ワルシャワ蜂起博物館もドレスデンのドイツ軍の軍事史博物館同様、順路の最後は現在のポーランド軍のプロモーションコーナーになっていた。NATOのフロントラインとして兵力維持は物凄く切実な問題なわけで、この人たちがフロントを守ってるからオランダを始め西ヨーロッパの平穏な日々があるんだよね。
私、今回ポーランドに行ってみて本当に良かったと思うのは、このワルシャワ市街の美しい街並みが1944年に戦争で85%も壊滅されたのにもかかわらず、1953年には市民の力でここまで再建したってことを知れたこと。
ワルシャワ蜂起博物館で戦争中の映像を見た後に街を歩くと、この地の人たちの勇気と根気に敬意を抱かずにはいられない。
結局ポーランドで一度もズウォティに両替することなく、銀行のパスだけで1週間過ごせた。こういう時にEUを感じる。
カフェラテ一杯5ユーロぐらいしたけど、その割に食事はそこまで高くなかった感じ。まあオランダに比べたら今はヨーロッパどこでも食べ物の味の割に安く感じると思うが😂 オランダがとにかく高いのに不味すぎ。
最後に行った市場の入り口のレストラン、スープとサラダとメインとレモネードで約10ユーロ。オランダではあり得ない値段。しかも美味しかった。
Lidlで買い物しても思ったより安くない。ポーランドの平均的な収入だと昨今の物価は高いだろうな。
このレンブラントのGirl in a Picture Frameという絵を初めて見たんだけど、トリックアート的というか額から手が飛び出ているかのように描かれていて、手にも光が当たって今にも動き出しそう。
同時代の絵を大量に見続けていると、その時代の有名な画家がなぜ有名なのかが分かるような気がする。絵から吐息が聞こえてきそう。
レンブラントはオランダ版画狂老人卍だと私は思っているよ。
山田五郎さんの動画、美術館で絵を見てる時に思い出すことが多くとても役に立ってる。
今日はこんなオランダ人の贋作絵師がいたなんて初めて知った!
これもオランダに戻ったらもうちょっと深掘りしてみたい。
しかしこの絵を見て、どうやったらフェルメールと間違えられるのか...と今なら思うけど、オランダ国家総出で騙されてたんだから驚き。
youtu.be/eb9hVBYFGSc?...
イタリアはオランダ人多いでしょうね。今日も全然オランダ語聞こえてきませんでしたよ。
ワルシャワ王宮、思っていたより豪華で圧巻でした。戦争で破壊された後に再建されたとは信じられないぐらい。
しかも見学ルートの最後の最後にレンブラントの絵画が待ち受けているという演出。
今回ドイツでもポーランドでも、ネーデルランド絵画をたくさん見た。16-17世紀のネーデルランドの画家たちの活躍はヨーロッパ全域に広がっていたことを実感。
帰ったらまたオランダの美術館にも行かなきゃ。
ほんっと世界中どこに行ってもオランダ人が必ずいるんだけど、ポーランドに来てまだ一度もオランダ語が聞こえてきてない!
すごくないか?
昨日小泉悠さんの話聞いてて、西ヨーロッパがいつまで経っても東ヨーロッパのことを見下してるのも、深いところで戦争の原因に繋がっているというの、オランダに住んでて無意識にそういう態度が自分にも刷り込まれているのをポーランドに来てみて身に染みた。
アウシュビッツのガイドの中谷さんも同じこと言ってたな。
youtu.be/hvXLADpNwqs?...
どこに行っても道を聞かれるウーマンの私、今日はポーランド人のおばあちゃんにポーランド語で道を聞かれました😂
オランダに住んでると、オランダ人やメディアは、週末に酔っぱらって暴れる労働移民とひとくくりにするようにポーランドや中央ヨーロッパの国々の人たちを物凄く下に見てる。
実際ポーランドに来てみて、多分田舎と都会では大きな格差はあると思うけど、都会に限ってはロッテルダムなんて目じゃないほど都会的。
社会主義体制が崩壊してもう35年なんだよね。そりゃ発展するさ。
ワルシャワといえばワルシャワ条約機構とか旧社会主義国っぽい厳めしい建物が立ち並んでいるかと想像していたけど、こんな広々としてゴージャスな街だったとは!
どれだけネットや写真で見ても、道路のでこぼこ、高低差、街の空気、やっぱり実際にに来てみないと分からないことばかり。
Xの仕様変更で全然知らないアカウントがフランス語やドイツ語でリプしてくるようになって、これは交流を求めているのか、何なのか、なに?!と戸惑ってしまう。
同じ文でも、文化的なコンテクストが違う相手によって取られ方が変わってしまう。ではいったい誰に向かって話しかければよいのか?
我々は違う言語を与えられて、その小さな世界で安住していたのに、再びバベルの塔をせっせと作れと言うのか!
うーん、これは結構な革命では。
まだ映画の『関心領域』をみてないんだけど、あの映画の舞台の家があった。
アウシュビッツ=ビルケナウ博物館に行ってきました。また整理して書き残そうと思いますが、とりあえず日本人ガイドの中谷さんが案内してくださるツアーに参加できて良かった。
この凄まじい円安の中、日本から若者たちも来ていて尊敬。
はー!ポーランド国王の座を狙ってたんですか。今日はドレスデン城にも行ってザクセン選帝候の豪華絢爛なコレクションを見てきましたが、欲望は留まるところを知りませんね~。
ドレスデンの街中に今でも所々焼け焦げて黒いままの石があるのは戦争の記憶を残すために意図的に黒いままにしてあるのか、高圧洗浄機で洗っても取れないのかどうなのだろうか?と思ってました。