私こそお返事が遅くなりました。この話題随分引っ張ってしまい、ご迷惑だったかなと反省しております😅 長くなるのでSNSで語るにはあまり相応しくないかと思いますが、ちょっと私の言葉不足もありましたので補足させてください。本当に人それぞれだと思うのですが、自分の場合は信仰というものがよくわからなくて、理論的に思索していく方向と実践面で内的体験(黙想など)を重ねて行くことの両方を求めてきた自覚があります。その両面の綜合になっているように思えたのが神秘思想家だったんです(エックハルトとか十字架のヨハネとか)。ただこれはどこまでも自分流なので、ほしなみさんの体験はまた異なっているだろうなとも思いました。
Posts by sum_cogitans(こぎたん)
おすすめというより押し付けたようになってしまってすみません。
私は神学というより、むしろ思想史/哲学史の方なのですが、理解したい気持ちは強いだろうと思います。
でも、ほしなみさんのおっしゃる「経験と結びついた」という点は大切と思います。何かを信じる、信頼することは経験/体験ですよね。体験と離れた単なる知識では意味がない。ただなかなか自分が腑に落ちるような体験というものがわからなかったのですが、理解と体験を橋渡しするものとして、神秘思想家の著作が手掛かりにならないかと思っています。
この1,2年で、その両方の面で教えられることの多かったもののひとつに、下記の本がありました。
中川博道『存在の根を探して イエスとともに』(オリエンス宗教研究所)
www.oriens.or.jp/orienssite_s...
なるほど、ほしなみさんはそのようでおられるのですね。「ルート」は人それぞれなんだなと思いました。私は逆に何らかの意味での理解が成り立たないと、信頼するとか、何かを信じることができない質なので、理論先行で実践の方が後からついてくる感じだと思います。
そういう意味では、アウグスティヌスを引かれたのは実に的確だと思いました。個人的な魂の遍歴を『告白』で赤裸々に語る一方で、西方教会最大の教父として『三位一体論』をはじめとする著作でキリスト教神学に多大な貢献をした思想家ですものね。
おっしゃるとおりと思います。「存在の確信」ではなく「信頼」なのだ(ろう)と思います。その点について、ここ何年かずっと考えてきました。
もう少し詳しく言うと、「信頼」とはどのようなことなのか、信頼を寄せるとはどのような内的なあり方であり、またそれはどのようなものと考えられるのかを理解したい、というものでした。実践的なものであると同時に理論的にも理解したいということになると思います。
「見ないのに信じる人は幸いである」で思い出しましたが、イエスは出会った人びとに度々「これを信じるか?」と問いかけていますよね。言葉を代えて言えば、「あなたは受け入れるか?」という問いかけなのだろうと思います。つまり、一方的に信じろと強いているのではなく、あくまでも相手がこころから同意するかを尋ね、誘い、招いているのでしょう。そしてそうした福音書の記述を読む(聞く)ことは、言葉を通して受け取ったその出来事を我がこととして体験するかどうか、その人自身の内的なものになるかどうかという機会となっているとも言える気がします。聖書を読む(聞く)行為は、そうした二重性を帯びていると言えるのかもしれません。
わたしも特に勉強したというのではなく、深く考えた人から聞いてなるほどと思ったのでした。また別の人ですが、他の弟子たちが復活したイエスに出会ったもののトマスは居合わせなかった日から「8日後に」という時間の経過を重く見る人もいました。8日という数字そのものではなく、長い時を経て、つまり信じられないことが起きたと言われ確証を持てないままずっと考え続けることの意味深さを言うのですね。これはほしなみさんが紹介してくださった説教に近い見方かもしれません。
いえいえ仰有るとおりだと思いますよ。
あるドイツ人の神父が、「トマスは深いんです」と言っていたのが印象に残っています。手と脇腹の傷に触れてみなければ信じられないというのは、もしも本当に復活したのなら、十字架につけられて死んだという圧倒的な現実を負ったイエスその人でなければならず、そうである筈だという強い確信から来ているというのです。
使徒トマスは興味深いですね。復活したイエスと出会う場面の解釈もいろいろあるのでしょうね。
本題とはずれますが、グノーシスの文献で『トマスによる福音書』(講談社学術文庫)というのがありますね。トマスの名は冠されているものの、使徒トマスとは全く関係ないのですが。
そうなんですよね、残念です。ちくま学芸文庫の『悲劇の死』は品切れのまま、叢書ウニベルシタスの『バベルの後に』上・下はそもそも文庫化が無理、岩波で出た単行本がちくま学芸文庫で再刊された『師弟のまじわり』は珍しい例かもしれませんが、重版されなさそうですよね。『言語と沈黙』『脱領域の知性』『青ひげの城にて』などなど、品切れだったり入手が難しかったり、高価だったりする本ばかり……
はい。専門分野に特化した研究者の専門家向けモノグラフとは違って、文芸批評というスタイルが持つ柔軟さや幅の広さがいい方向に働いている気がします。
密林で出物があったので早速ポチりましたw
2年ほど住んでいたことがありますが、府中競馬場があるので、自治体結構お金があるみたいですねw 住民の立場では、住宅街に一定の間隔でしっかりしたゴミ集積所があり、曜日問わずいつでも出していいのが楽でした🙌
うははw
ちょっとズレますが、中央線を西の方に行くと、武蔵なんとかという駅名がいくつもあって紛らわしいですねw
スタイナーが小説を書いていたのですね! これはとても興味深い内容です。思弁的小説とでも言えるのでしょうか。是非入手したいと思いました。
京王線は電車の種類も行き先もいろいろで迷いますよね😅 お疲れさまでした。
スタイナーいいですよね。そして多作な人ですね。読んだのはわずかですが(「悲劇の死』など)、たくさん積んでおりますw
いやほんと美味でしたね〜!
よかったですね! これも食事作りをはじめ、ほんとらさんの支えがあればこそと思います。これからも続くこととは思いますが、ひとまずご苦労が報われましたね。お疲れさまです。
「いとしいしと」(ゴラム〔ゴクリ〕が呼ぶ呼び名)ですからねえ😅
ルーン文字が!見え……ない(暖炉の火にくべないと浮かび上がらない)
需要の割には部数が少ないのでしょうね……。単価は高めですけれど内容がいいし、装丁も素敵ですよね。他社の文庫やライブラリーでは出ていなかったり、他社で出ていても、抄訳ではなく完訳だったりしますし。オーウェル評論集は岩波文庫でも出ていてそっちで読んだのですが、あちらは収録作が少ないですよね。
ライブラリーはそもそもの刷り部数が少ないらしいですから、重版では尚更かと。
そうか、宇野亜喜良だったんですね!
新装版も品切れなんですよね―😭
平凡社ライブラリーのオーウェル評論集、古書ハントを続けてもう幾年です(泣)
すごい世界だw 二人して待つんですね?www