1人はいいなー
何しても誰にも言われないですむから
1人の良さってそれじゃない?
わたしは口出しされるのが本当に嫌いだから、それをキープする人の気持ちが分からんでもない
Posts by 黒い点
人に何かを頼むのが苦手
頼まれるのも嫌い
何かを頼んで いろいろ確認されたも自分でやるほうが気兼ねないし早いからもういいやってなるし、
頼まれて細かく注文されたら 自分でやれば?って思うから。
自分でやって失敗しても 誰にも文句言われないし。自分が困るだけだし。
泣きゃいいだけだし。
またねー って軽く手を振るけど、そのまたがちゃんとありますように…
子供ほどの年齢の学生に必要あって複数声掛けして、「大丈夫です…」ってテキトーにはぐらかされて、
(さあ、 学生じゃなくなったらこれからは君がこうやって声掛けてあしらわれる役やるんだぜ!)
って心の中でニヤニヤしてしまった。
正直に言うと 今の生活を延々続けたい
あれこれやることを指示されない生活
1人気ままに
日本で老後を過ごす場合、最悪娯楽は図書館さえあれば大丈夫だと思う。
大きな図書館に、週に一回行けたら。
日本ではない場合、それがないのが私にはキツイ。
本、映画、それらがあればわたしは大丈夫なのに。
つかれる
人に合わせるのがきらい
人に口出しされるのきらい
甘えるなと言われるのがきらい
許可を貰わなければいけないのがきらい
今世は修行 終わったら無になれるからそれまでは楽しむ
はやくはやく1人になりたい
疲れたとか 悲しいとか しんどいとか
そういうネガティブな言葉をもらせる場所っていいね
誰にも何にも求めていない
ただ漏らしたいだけの
現実はそれをやるといい事ないからね
楽しいことはたくさんあって それを共有したいのに 共有できる人がいない
寂しい
ネガティブな感情をわかりやすく誰かにぶつける人は、それで何かが変わった経験があるから
それをやっても何もいいことがないと学んだら、やらなくなる
諦める
それに何十年かけて気づいたわたしは遅いのか
それともその変えてやるというエネルギーがもう無いのか
がっかりするのが疲れたのか
色んなことを変えれてこれてなお 無理なものもあると理解したのか
疲れたり 腹たったり もう嫌だと泣いたりを見せても意味が無い
その原因に向けても意味が無い
むしろ更なる疲れや苛立ちを引き起こすとわかっているので
1人になりたい
1人ならなにを放出しても誰にも文句は言われない
感情を騙すのも出さないのも死ぬ
だから死なないために1人になりたい
怒りと絶望も舞台の上の悲劇
私たちはいずれその舞台をおりる
暗闇の観客席のその向こう EXIT のランプ
出ていける そこから
せっかくだから 暗闇に向けて 観るに価する舞台をやろう
誰が見てるかわからない ほんの短い自分の役の出番を
時々、一期一会の遠いお客さんの言葉に救われることもあるんだなって。
対応中に嬉し泣きしてしまうのは初めて。それに困らないお客さんも 心が広い。
ネガティブな感情を受けて嬉しいのは、
それが自分には向いていないこと
向ける相手が自分も同じネガティブな感情がある人であること
な時かしら?
でももうそういう感情でつるむのも嫌なの。
そういう人たちが嫌いだから。
だから自分は もうやりたくないの。
終わりがあるのはいい事だ
良いことも悪いこともひっくるめて終わり
いつかな
ネガティブな感情を向けられるのはしんどいだろうし 誰もそれを受け止められるものではないのだから つぶやくだけでいい
皆がそんな日々を時に持ち、騙し騙しやっているのだろうと想像できる
そればかりではない
でもそれもある
疲れる こういう気持ちを出せる場があるのはいい事だ
誰かにぶつけるよりはよほど
ひとりが一番平和だし幸せだな
だれの事も気にかけなくていい
私の事だけ構ってあげたらいいから
そうか、モバイルアプリでしか触ってないから いずれログインパスワード忘れちゃうな…
終わりにしたいのに延命処置されて嫌だと言えず自分でも終わらせられず延々息をさせ続けられるのは地獄だろう
今のうちにどうやったらそれを阻止できるかを考えなければ。
疲れたのでいい加減終わりにしたい
という気持ちを定期的に迎えながら何十年生きるのか
火石のようなもので カチカチやると火花散るなら合わせなければやい
モラハラはわかりにくいよなぁ
でも正直「過呼吸」になるような胸が苦しくなるようなあれは、やられた人やるからね。
わたしゃ日々感じるからね、これに子供時代晒されたらきついなと。
そして子供時代されたそれも同じことを自分がやっているのをたぶん気づいてないのだなと。
つかれる
もうぜんぶの事務作業がつかれる
休みとるために頭使うのつかれる
だったら楽しく仕事してお金もらう方がいい
仕事の方が楽
お父さんが仕事に逃げるのわかる
仕事の方が楽だから
分からないことをわからないまま自分ひとりでもっておれず、全部口にする
愚痴もそれかな
でもそれ相手に自分の負担を渡してるってことなんだけど
許可の必要なものはダルい
許可を貰う、という工程自体がダルい
そこで善し悪しや条件が出てきてジャッジされること
それが純粋な喜びにケチが付く
好きなことを好きにやれる では無いところがもう喜びでは無い
仕事はいいな
必要とされることをやるだけだから 自分のやりたい形で
プライベートは私のやりたいことは やらない方がいい
結局 やりたいことは 脳内だけしか自由にはやれない
だから考えることが好きなんだな 誰にも邪魔されないから
脳内は自由
完全に私だけのもの
何も余分なものいらない
楽しみとか物とかお金とか配慮とか遠慮とか 与えてもらわなくていい
ただ自分が欲しいものを取りに行くのを邪魔されたくない
自分で動ける 欲しいものくらい取りに行く