各章ごとのパネルで鳥が導いてくれるのもよかったな
Posts by ありむら
(一緒に生きることができなかった魂たちには萌えます)(余計なひとこと)
昨日、予想外にぐずぐず泣いてしまったことについてぐるぐる考えていて気づいたんだが、わたしは「一緒に生き延びる意志」を持った魂たちにはシスターフッドを感じやすいのかもしれないな
3枚目のタイトルは「リトアニアの墓地」
昨日行ってきた。よかったです。もう一回行けるかな…どうかな…
崎陽軒はシウマイですからね。
5句目に「言うまい」が入ったのは、折句のお題が「しゆうまい」だったこととは無関係のたまたまだったのだけど、ここが「シウマイ」を想起させることに気づいてしまってもう面白くなっちゃったので、書いておきます。これは呪いです。
春分なので、あらたな1年の前にここまでの半年をまとめました。ひきつづき1か月に1首ずつつくれてよかった。
(自由詠)
天高く昨日からあるような気がしている空き地という名の臓器
(かんたん短歌のルールで)
苛立ちもちゃんと揃えて綴じなくちゃ針は骨よりするどく光る
(光景だけを描いた短歌)
側道をゆくほど高架は降りてきて首の高さで路面がきしむ
(実景+つぶやき)
月面のようにクリームキンマリは光る わたしの裏庭はどこ
(オノマトペを3句目に)
ビル街の上昇気流きりきりと鳶、わたしを見放したまえ
(折句「しゆうまい」)
しらじらと融雪剤の生む熱をまがいものとは言うまい、未明
いろいろな紙の名前でつくってもおもしろいなと思ったけれど、ビオトープって書くとビオトープになってしまうんだよな…。おもしろそうだなと思ったのは、OKミューズ。神様だいたい友達みたいなニュアンスがある。
クリームキンマリの歌つくったよ!と、久しぶりにみてみての気持ちになったので出します。クリームキンマリの歌つくったよ。
10が月ぶりについったに投稿を投げましたが、もうほとんど使っていないので、近いうちに鍵はかけようと思う。こっちもそんなには書いていないので、ざっくりめに話す時には「SNSをやめてからは…」とおおげさに言ってしまうこともあるのだった
こうして一覧にしてみると、1月の岡本太郎美術館、2月の埼玉、都現代、あたりから、国立近代の「アンチ・アクション」まで流れ込むものがあるなあ、と見えたりするのも、おもしろいな。芥川(間所)沙織はここ数年で何度も名前を見るようになった気がする。
なお、今現在いちばん楽しみにしている来年の展示は以下です。チラシで一目惚れだった。できれば2,3回行きたい。過去に4回行った展示はあった気がする(ヴァロ展、たぶん鎌倉3回新宿1回)
チュルリョーニス展/内なる星座
https://2026ciurlionis.nmwa.go.jp
そういえば、混雑する前に…と前年のうちに訪れてしまっていたけど( https://aqu.a-scape.net/?postid=71636 )、DIC川村記念の閉館も今年のトピックになるんだな…
それこそ90年代の終わりから00年代初頭にかけての怒濤の閉館ラッシュなども過去にはあったわけで、企業にぶらさがっている館の基盤の不安定さはわかっていたはずなのだが、あの規模の館で財団化していなかったことも知らなかったし、株主の意向みたいな理由もうっすら聞こえてくるところは、これは過去にはなかったことだなと思われ、いろいろ複雑な気持ちです…
展示が印象に残ったのとは少し違うのだが、目黒でテンペラ画の「技法」を詳細に見たのもすごくよかったな…。貴重な展示だったと思う。
ハコと作品の相乗効果が高かった部門(?)だと、松濤の須田悦弘、庭園のそこに光が降りてくる。
あと、今年は、予定されていた休館(建替えとか縮小とか)が一時停止状態になった館が複数あったことも、記憶に残っている。
Nerhol:
現代もので特に好きな系統がふたつあって、ひとつは視覚を分解・転換させて疑いを持たせるタイプの作品で、もうひとつが時間の流れの分解・並列化・可視化をするタイプの作品なのだけど、この展示ではさまざまな方法で後者が行われており、片道2時間近くかけて見に行った甲斐がありました。壁にかけられた作品でも近寄って見れば立体であり、本当に生で見ることが必要だなと思うし、あまり多くの言葉で感想を書くことが難しい…でも、こうやって作品に思いを馳せると、見たときの内側のゆらぎのようなものがよみがえる気がする。そういう展示だった。
・上記ふたりも神智学協会の影響を受けている(知らなかった!)
・19世紀のうちにオートマティスムを試みている(ということはシュルレアリスムに先駆けているのでは?)
そもそもシュルレアリスムとその流れの先(特にキャリントンとかヴァロあたり…ここ神秘主義的でもある…)は好きなジャンルのひとつで、作品見てるときも通じるものがあるなと思っていたんだけれども…クリントは高次存在を志向し、シュルレアリスムは無意識を志向しているわけだけど、まあ、やっぱりそこは通じるところですよねという感想(ひとつの思想)もある。
ヒルマ・アフ・クリント:
もともと、象徴というものを通じて世界を読み解こうとすることやその体系に興味を抱いている人間なので、そういう面からも見たかった展示だが、思いのほか、19世紀から20世紀にかけて生きた「女性」芸術家という側面もあらわれていて(女性芸術家のグループを作ったりもしている)、さまざまな方向から刺さるものがあった。
神秘主義方面、美術史方面とも、うっすら知識で見てきて、帰ってから各種キーワード調べつつ補完したりもしたのだが、
・同時代にモンドリアンやカンディンスキーがおり、抽象画家としては開拓期組
ルイーズ・ブルジョワ:
97年横浜美術館でのブルジョワ展を見ていたので、その感慨も込みで。作家存命中と没後の両方で大規模展の鑑賞体験ができるというのはほんとうに稀で幸運なことだと思うので…(ざっくりとした感想はここに・ https://aqu.a-scape.net/?postid=71651 )
2025年に見た展示の一覧表、1月から5月の30展
2025年に見た展示の一覧表、6月から12月の31展
いつもの。体調が低空ぎみだったりして(つまり自分要因で)去年より2割以上減ってるんだが、どうも展示側にひとつの展覧会を長期化する流れがあるようなので、「数」としては来年増えたりもなさそうかなと予想している。
へにょへにょしつつも相変わらず生きていますし、
ひとつ言っておくとすると、今、目黒区美術館で清原啓子作品がほぼ全点見られます。下絵、制作過程の試し刷りや、銅板そのものも展示されている。学生時代に刷られた、1点しか残っていない作品もある。700円です。
灰色と銀色と薄汚れた白。そこに差し込まれる赤とぶちまけられた黄色。とてもよかった。
いままでの3作のなかでいちばん好みだったと思う。もちろん人間の感情がメインではあるんだけど、「抽象化」の度合いがわりと高めでお話に入り込みやすかった。
(通路脇かと思っていた座席が変形ステージ脇だったため、やばい苦手な席引いた…舞台上の感情のやりとりに引いてしまうやつ…と懸念したんだけど大丈夫だった)
現代アートの人が舞台芸術を提供するというのはちょくちょく見かけるんだけど(実際に観たということではなくて)(KAATなんかは両方ある施設だから融合イベントも多めの印象ある)舞台を見に行って「インスタレーション」を感じたのははじめてだったな。そもそも人間を観るのがあまり得意でないので舞台をあんまり観ませんが(9割5部、2.5だし)
大昔、学祭で「穴掘り」のパフォーマンスを見た(?)なあということを昨日から何度か思い出している。実際にわたしが見たのは「穴掘り予定地」と「穴掘り跡地」の看板だけだったが。たぶん芸術系の学部の学生がやっていたんだと思う。
今日、講座のあとで打ち上げの会があったのですが、帰り際に少し服部さんとお話したとき共有結晶のお話になり…その流れでおうかがいしました! もうちょっとですね、わくわくお待ちします。
今回のまほステわたしはまだなのですが、 観た人からはよかったと聞いているのでほさきさんも楽しめますよう! スカーレット様たちも楽しみなんですよね。というか、ステのお歌を合唱する企画?? 素敵なお歌が多いですし、それはたのしそうです!
ほんとうに、講座の〆切合わせでしか作っていないので、ネロさんのお誕生日祝いはこの2首目と4首目でいいですか…(カードは引けました)
次の半年でした。
生きています(不定期報告)