オファーを全部受ける必要はないが、「断る」という行為にもそれなりの手間はかかる。文面も考えることもそうだし、食い下がる人もいるし(事務所に所属していればある程度防波堤になってくれるだろうが)。
片山恭一さんは自身の作品が日本新記録のベストセラーになったとき、一切メディアに登場していない。そのことについて本人に聞いたことがあるのだが、「村上(春樹)さんが海外に行った気持ちがわかる」と語っていた。村上春樹が海外に行った実際の理由はわからないけれど、少なくとも片山さんは注目されまくる状況から距離を置きたかったのだと思う。
みたいなことを考えると、三宅さんは耐性があったんだなと。
Posts by maesan
昨日あれこれおしゃべりする中で、なんでその流れになったか忘れたが、「三宅香帆さんは売れに対する耐性があった」という話をした。
個人で仕事をしている人はみんな売れたいと思っているはずだけど、それも一定の水準を超えると、仕事のオファーが増えるし、取材やイベントなど本業に付随する仕事も増えるし、売れて露出が増えるといろいろ言ってくる人がたくさん出てくるし、影響力が大きくなったことへのプレッシャーもあるし、なおかつもともとやってたレギュラー仕事もちゃんとやらないといけないし、時間管理がすごくシビアになってくるし……みたいなことが次々に起こる。みんながそれに耐えられるわけではない。
プールに足繁く通うようになった代償として、ドキュメンタリーの視聴時間が明らかに減っている。
この1週間、毎日夢を見ている。たまにしか見ないほうだったのに。精神か肉体になにか変化があったのだろうか。
夢の一つ一つはたいしたことないやつだけど、毎日見ているというのがちょっと怖い。
若者に生活保護受給者が増えているというニュース。
先月、公園を通りかかったら人だかりができていた。どうやら炊き出しをやっているみたい。その列の中にどう見ても中高年には見えない、20〜30代とおぼしき人がちらほらいた。全体からすると少数だけど、「例外」とはいえないくらいの少数。ちょっと不思議な印象を覚えたのだが、このニュースを見てその記憶が思い出された。
news.web.nhk/newsweb/na/n...
古畑氏、午後はいなかった
オンラインで講義を受けていて、いま昼休みなのだが。
真っ暗な部屋で上からスポットライトを当てる形で参加している、古畑任三郎みたいな人が視界に入って、やたら気になってしまう。しかも黒い服を着ていて、時折あごに手をやるので、古畑そのものではないけれども古畑色はかなり強い。
この時代になっても、条件を提示しないまま「お引き受けいただけますでしょうか?」というメールが来るんだな
プール、今のところちゃんと練習の成果が出ていてホッとしている。というのも、頑張っても頑張っても成果が出ないと、ふてくされてどうでもよくなってしまう可能性がけっこうあるので。
たぶん筋トレのほうがストレートに努力が反映されやすいのだと思う。それゆえに中高年はそっちに行くのだろうけど。
上司に「会社を辞めます」と告げる夢を見た。現実にはもう20年も前に辞めているのに。留年夢の一種みたいなものなのだろうか。
考えたこと、感じたことをちゃんとメモしていると、ずっとあとになってノートを開いたとき、当時の感覚がかなり立体的に復元されるみたいなところがある。今でも年に1、2回くらいは見直してます。
3年前にやったインタビュー合宿でもノートは手書きで取っていた。といってもそのノートは主催者から配布されたもので、ノートを取ることまで明確にインクルードされた合宿だったのだけど。
(ノートの取りやすさに至るまで主催者は合宿内容を設計しており、それでコンセプトに合ったノートを配布したっぽい)
そのときは部屋に戻って一人になってから、追加で書く作業をやっていた。1時間くらい。
「これをやった」という事実のほうは記憶だけで思い出せるけど、その一つ一つの過程で自分が何を考えていたかというのは、記憶に頼っているとすぐ忘れてしまう。あれはやっておいてよかった。寝落ちして全部は書けなかったのだけど。
むしろその思考まで書きつけることのほうにこそ意味があるように思う。
といっても、授業中にノートを取るときはそんなに反芻する余裕もなく、結局「効率の悪い記録」になってしまいがちで。なので、いいとこ取りをするなら、
「写真やPDFで記録したものを、あとでゆっくりノートにまとめ、そのときに内容を反芻して考えたことを書き加える」
というのがベストということになるだろうか。記録した瞬間に、「ノートにまとめるのはいつでもやれるな」と思って結局やらないみたいなことも起こりがちではあるけれど。
手書きでノートを取ることの意味について考えていた。
授業を受けて板書をノートに書きつけるのは、もっぱら記録としてそうするわけだが、純粋に記録するだけなら、スマホで写真を撮ったほうがはるかに効率的である。あるいはレジュメがPDFで配布されているなら、そもそもノートを取る必要もなかったりする。
だけれども。
手書きでノートを取るときって、書きつけた言葉を脳内で反芻していたりする。コピペに比べると、手書きははるかにモタモタしているけれど、ある程度モタモタしているほうが思考にとって良い間を与えてくれるように感じる。そういうときのノートは、記録のためというより思考のために取っているのであり、
今日やったグループワークやディスカッション、おおむねよくやれたように思うのだが、やっぱり最後のほうでつい「取って付けたような締めの言葉」を付け足してしまう。マジでよくない。歯切れが悪いままで終わることにきちんと耐える力を持たないといけない。取って付けた言葉を使うことに慣れてしまうと、過程の言葉までだんだん虚飾に侵食されそうな気がするんだよ。
春になると、新しいことをあれこれしたくなる。
のはいいことなのだが、本当に全部手を付けてしまうと、飽きたりパンクしたりするのは目に見えているので、ちゃんとやり遂げられるものを厳選しないといけない。
土曜日はオープンダイアローグ、日曜日は読書会をやって、どちらも充実していたのだけど、自分の話にちょっと差があると気づいた。
前者は知っている人が相手/発言時間に制限なし
後者は初対面の人が相手/発言時間に制限あり
という違いがあるのだけど、後者の場合、発言の終わりのほうで、ちょっとまとめっぽい言葉をつい言ってしまう。
知らない相手だから、言葉に公的性、一般性を持たせようとしているのかもしれない。でも振り返ってみると、その付け足しは別にいらないし、なんならそれまでの自分の発言の足を引っ張っている可能性さえある。でもついやっちゃうんだよな。「受け入れられないかもしれない」という恐れがあるのか。
遅いし、つらいし、友達もいないし、何もいいことがないので、中1の夏前にスイミングをやめてしまった。
という記憶が、「今の俺の記録だと大会で最下位かあ」と思ってるうちに思い出されたのだが、今の最下位感には絶望していない。むしろ希望を感じている。今からプール行ってきます。
もちろん誰でも最初は下位からスタートするのだが、選手コースに行くような人はだいたい小さい頃から通っていて、小3や小4で選手になる。小6だと普通はそれなりの泳力になっている。小6の冬にやっと選手コースに来る人は、大げさに言うと「年取ってるくせに初心者」くらいの感じ。
(2年後、そのスクールからオリンピック選手が出た。俺と同じ年の)
実力に差があるだけでなく、人間関係的にもコミュニティができ上がったところに入っていくわけだから、すごくやりにくい。よそ者みたいな感じ。選手コースに入ってすぐ小学校を卒業したのだが、そのタイミングで俺以外の同級生全員がスイミングをやめた。中学に水泳部はなかった。
恥ずかしかったし、実際バカにされたりもした。しかしそこからトントン拍子にクラスが上がっていき、小6で一番上の級に到達。同級生全員を追い抜いた。やめてた人もけっこういたけど。
スクール対抗リレーの選手にもなり、スクールで一番速い人間になったあたりで、コーチから「お前そろそろ選手コースに行け」と言われた。うれしくてすぐ選手コース(時間帯は夜に)に移ったのだけど。
当然といえば当然なのだが、全員俺より速い。泳いでいると、後ろから追いつかれて、足の裏をつつかれたりする(あおりスイム)。「一番速い人」から「一番遅い人」に突然変わったときのあの絶望感。今も生々しく思い出される。
先日、記録会に出たことで、自分の位置がどのへんにあるかを調べたら、参加標準記録がある大会で最下位になるかどうかくらいの感じだった。
それで思い出したこと。
俺がスイミングスクールに入ったのは小4のとき。体育のテストで5mしか泳げず、隣の席の女子に「私でも8m泳げるのに」とバカにされたのがきっかけだった。母親に聞くと、急にすごい勢いで「行かせて!」と頼んできたらしい。
それで入会したのだが、泳げないので一番下の級からのスタート。周りは全員幼稚園生。明らかに浮いている。当時、学年の3分の1くらいは同じスイミングに通っていて、だいたい低学年からやってるので全員俺より上の級だった。
昨年のジャパンマスターズ選手権の記録を見てたら、今の自分だとギリ最下位にはならないくらいのポジションだった。50mだと、31〜32秒で団子状態の下位集団、30秒を切ってやっと上位50%に入れる感じ。
上を見過ぎてもガッカリするだけなので、まずは30秒台前半を目指そう。
結果。
50m 36秒91
(ラップ17’55/19’36)
200m 3分15秒76
(ラップ42’89/48’00/52’31/52’16)
50mの記録は目標達成。想定したプラン通りに泳げたこともあり、満足している。200mは最初の飛ばしが響いた。それがなければもう2〜3秒はいけた。
それはそれとして。
「仕事をがんばる」みたいなことじゃなく、物理的に100%の力を一気に出し切る経験って久しくなかったので、新鮮な気持ちである。普段と違う筋肉の使い方をしたというか。それをやって初めて見えてくる課題もあるし。
「練習」のままだとこうはいかなかったはず。エントリーしてよかった。
今夜は記録測定。すでに緊張している。いま考えていることをメモ。
50mの目標タイムは37秒(練習最速38秒)。後半バテて息継ぎで体がブレまくるので、そうすると息継ぎせずに泳ぐのがいいのだが、後半ほど息継ぎしたくなるので、ノーブレはスタートの15mとラスト10mだけにして、あとは普通に息継ぎする。前半17、後半20を想定。
200mの目標タイムは3分10秒(練習最速3分28秒)。スタートで飛ばし過ぎず、均一のペースを意識する。1周目と4周目は3ビート、2周目と3周目は状況に応じて2ビートに変えるか、ペースを落とした3ビート。バテたときにキックを荒くしない。44-47-49-50を想定。
借りていいんだ…とわかるとだんだん慣れてきて、冬を迎える頃には、中学校の帰りに学生服を着たまま入店、堂々とAVを借りていた。店の経営者(の奥さんかも)の「亀山のおばちゃん」とも顔見知りになり、学生服着てるのに「前田くん、今週新作(のAV)たくさん入ってるよ」と声をかけられることもあったり。ああいう気安さは個人経営の店ならではだよな、と思う。でも4年もたなかったんじゃないかなあ。
ラムネモンキー、主人公の年代が自分に近いので、いろいろ思い出しながら見ている。
ドラマにも出てくるけど、個人経営のレンタルビデオ店がうまくやれてたのって、4年くらいじゃないかという気がする。わりとあっという間に大手チェーンや大規模な個人店に圧倒されてしまっていた。
中3の夏休み、個人経営のレンタルビデオで初めてAVを借りた。14歳であることがバレたら、警察に連絡されて補導されやしないだろうか。そしたらそれが学校にもバレて…とドキドキしながらカウンターに持ってったらあっさり借りることができた。
3月になると、関係先から退社や転職のメールが届くのが恒例ではあるが、今日は「会社を解散します」というメールが届いた。
過去にやった同じ講座の映像を見るのだが、それを見るのがメインではなく、事前に視聴していることを前提に話が進むので、それをベースにした話し合いや質問にしっかり時間を割けている感じがする。いい方法だと思う。
5時間半の講座終わり。どのグループセッションも充実していた。
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やっぱりその前に170くらいは出ていたんじゃないか、という気がする。あるいはそれくらいの数字を出したあと、もっと数字が上がるのが怖くて、1、2年健康診断をスルーしたとか。
普段は豪快キャラだったのに、健康診断の協議のときは本当に心細そうな顔をしていたので、わりと怖がりだったのかもしれない。