ベッツの論文は、戦略の予測不能性を認めつつも放棄することを否定した研究です。因果の不明確さ、非合理さ、組織の論理、政治的な妥協によって、戦略の成果は不明確になりますが、継続的な学習を通じて行動をよりよいものにすることが重視されます。
この視点に立てば、「完成された戦略」より「適応可能性が高い戦略」を採ることの価値が高いといえるのではないでしょうか。
論文紹介 戦略は幻想か? 戦略に対する懐疑論の戦略論における検討
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Posts by cuniculicavum
この辺りは「機動防御」の概念的展開とも絡み大変興味深いですね。
また、昭和期、戦後には兵語の解釈における外国語との対照意識が薄れていき、日本語としての字面や漢字の意味による内省的解釈が概念への影響を強めていったもののように感じました。
cf.
欧洲戦争研究会 編『戦略戦術ノ趨勢ト最新問題ノ輿論』,兵事雑誌社,大正6. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/pid/942223
『戦略基礎計画』は大正12年の「統帥参考、兵語之解」を陸軍の用例として挙げていますが、参考書などでは明治期から使われていました。
また、大規模な攻勢移転を企図したものという感覚は、時代の変化に伴い生じたものかもしれません。
例えば、大正6年の『戦略戦術ノ趨勢ト最新問題ノ輿論』(91ff.)では、第一次世界大戦のタンネンベルクやマルヌを例に挙げて、従来は大兵団では戦例の少ない実行困難な概念だとされていた攻勢防禦の実例が見られるようになったという理解をしています。
機動力に富み計画的に集散離合を行うことができる大兵団の出現が兵語の用法に影響を与えたのでしょう。
>RP
攻勢防禦の解釈の問題、面白いですね!
ご紹介のあった『戦略基礎計画』は主に海軍の兵語や日本語としての語感から述べていますが、この説明には少し違和感を覚えました。
明治の独和・和独兵語辞典などにおいて攻勢防禦はaktive Defensive、aktive Verteidigungの訳語となっています。
aktiveは純粋な攻撃だけというよりも「能動」のニュアンスですので、「戦略的守勢下における戦術的攻撃」のほうの意味合いとして陸軍でも認識されていたと思います。
個人的には、陸軍の用兵思想に関して言えば、ジョミニの直接的影響というのはあまりないように思います。
Xでも呟いたけど、出張中に、不意に思ったこと。
「攻勢防禦」って今現在どっちの意味で使われているのかな?
「戦略的守勢下における戦術的攻撃」
「戦略的攻勢下における戦術的防禦、転じて、戦略的に攻勢を意図するが、その機を得ない時点での一時的防禦」
今の流行だと戦略的⇒作戦的と言い換えた方が良いのかもだけどさ。
上の意味で使っている人が多いイメージだけど、長篠とかアウステルリッツが攻勢防禦の典型例ですとか挙がっているのを見ることもあるので、使っている人によって定義が違う疑惑が高い。
非常に面白い論文でした。基本筋立ては前世紀に流行した先史時代は平和だった論への反論で、V字壕+防禦された門+櫓/塔,bastionなどの側防設備があれば軍事機能を持つという話なのですが櫓/塔の間隔が当時の投射兵器の有効射程と強い相関があるという分析が楽しかった。
壕や防禦された門やbastionの形状分類とか、射程一覧とかも、色々と創作に流用できそうでした。
www.academia.edu/30845720/Baf...
はてなブログに投稿しました
SNSに投稿していた軍事史系の本・論文の感想まとめ - 三分の一 https://a3dayo.hatenablog.com/entry/2026/03/20/210526
#はてなブログ #読書 #感想 #歴史 #軍事史
Sander Govaerts著『Horse Archery in Medieval Northwestern Europe. 400-1500: A Study of a Forgotten Military Tradition.』読んだ。
Journal of Medieval Military Historyに掲載された論文だが読んだのは著者がacademia.eduで公開してる最終ドラフト版。
www.academia.edu/121866740/Ho...
#読書
#論文
この行軍の話と、以前の師団・軍団制度というナポレオン戦争につながる有名な進化をつなげると分かりやすいよねと、思うのです。
諸兵科連合の師団や軍団なら単独で優勢な敵に対しても数時間の戦闘に耐えることができ、前衛を配しておけばさらに数時間の猶予が得られる。過去のように全軍の集合をする必要はなく、クラウゼヴィッツが言うように「これらの部隊は行軍間でも互いに遠く離れて前進し、各個が独立に行動する」ようになる、という話ですね。
x.com/Hatashirorz/...
Twitterで行軍の話があったので、ついつい、こういうのを考えてしまう訳です笑。軍を数個の行軍縦隊に分割すると、1条の道路でも機動性が上がるという奴。
なお、この図は適当に書いたから、縮尺がおかしいです笑。1時間行程の行軍長径だから縦隊は3kmくらいの筈なので、点線よりももう少し長くなるので、もう少し分散させないといけない。まぁ雰囲気が分かればそれで良いかということでご勘弁を。
x.com/nagagutsu179...
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Thompsonの兵站史研究を紹介しています。主たる主張は戦時の需要に対する在庫の不足が繰り返し起きていることで、これは今の兵站でも問題になっていることだと思います。
軍事史を踏まえて根本的な兵站問題を考察したLifeblood of War(1991)の紹介
note.com/takeuchi_kaz...
【参考文献】
論説「平時戦時に兵卒に温食を給する方法に就て」偕行社編纂部 [編]『偕行社記事』(389),偕行社編纂部,1909-02. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/pid/3544488
佐々木吉良 著『輜重勤務講授録』 全,陸軍大学校将校集会所,大正11. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/pid/942272
軍事学指針社 編『原則之栞』第12編,軍事学指針社,大正2. 国立国会図書館デジタルコレクション dl.ndl.go.jp/pid/916428
北清事変や日露戦争でドイツ軍やロシア軍が本国から持ち込んだ輜重車輌は道路事情などのためあまり役に立たなかったとされますが、装備の差が編制や作戦に対しても影響を及ぼすのですね。
輜重車輌の自動車化による効果は、こうした面でも大きかったように思います。
大正2年刊の『原則之栞』第12篇(p.65)などもドイツ軍と比較して軍団制の採用は不可としていますが、やはり日本師団の行軍長径が予想する作戦地にあっては約40kmに亘ることを理由の一つに挙げています。
一司令部が統括するには、一道路上を行軍する一日行程が理想的だとすると、二個師団をまとめて軍団とするのは難しいことになります。
もっとも、上述の2書が挙げているドイツ軍の編制は古いもので、第一次世界大戦頃になると輜重車輌が更に増加し、一軍団の行軍長径は一日行程をはるかに超えていました。
大正11年刊の佐々木吉良『輜重勤務講授録』(18f.)は、1903年のドイツ軍の軍団における輜重車輌が兵員千人につき44.4輌なのに対して、大正9年の日本の師団は123輌だとしています。
本邦における歩兵4人に対する輜重車1輌という比率は列強に類例のない多数であり、現制のままでは将来戦に必須の莫大な軍需品補給に支障をきたし軍の機動を妨害するとして、軍団編制の採用が不可であることに多言を要しないと記しています。
ここで軍団制の可否に言及しているのが面白いと思います。
当時の師団の行軍長径は約40kmにも及んだようです。
cf. ibid., 86f.
本邦では道路・地勢などの問題から一馬曳二輪の輜重車を採用していたため、主食である米の炊飯も含めた炊事車となると、車数が増え、行軍長径が伸びてしまいます。
戦闘行李に付属したほうが温食提供には有利ですが、戦闘部隊の長径が増加してしまうため、大行李に付属するしかないだろうとしています。
この輜重車輌の形態と行軍長径という問題は、他にも大きな影響を与えています。
一馬曳二輪の軽輜重車であっても、複馬曳や四輪などの大型車輌に比べて馬や車間距離を含めた占有範囲は積載重量ほどには減少しないため、部隊の行軍長径は大きくなります。
明治42年の偕行社記事の論説が兵士への温食提供のための課題を炊具の運搬と編制だとしているのが興味深いと思います(14f.)
現行の炊具は駄載式で中隊ごとに分進できる編制ではないため温かいうちに提供し難いとし、炊事車の導入を提唱しているのですが、車数・行軍長径が問題だと指摘しています。
ドイツ軍は歩兵大隊に4輌の割合で戦闘行李に炊事車を付しているが、主食がパンのため炊爨は副食のみであり、複馬曳きの大型車輌なので車数を減らせるからだと分析しています。
こういう本の方が、参考になるのかもしれないのですなぁ。
お読みいただきありがとうございます!
ソープの考えは「劇場のステージ管理」という比喩が有名ですが、クラウゼヴィッツの理論的枠組みの中で論じているという点がポイントだと個人的には思っています。
少しでも面白いと思っていただけたら嬉しいです☺️
こちらもすごい
単なる用語の解説を超えて軍事思想の輸入・受容の歴史としてまとまっている。
非常に面白い。『戦争』概念の拡大に伴って「ロジスティクス」もまた拡大して受け取られているのではないかと。
「いくら広範であったとしても、戦略・戦術・ロジスティクスという3区分の総体である「戦争」の範囲によって限界づけられるはずだからです。
この点に、近年における「兵站」を巡る議論の難しさの根源が示されているように思います。」
以前に、twitterで少し話題にのぼった「1814年戦役で、セザンヌを経由する街道はなぜほとんど使用されなかったのか?」というお話について、論文に解答が載っていた話。Twitterで挙げていたので、こちらにも。
簡単に言えば、未完成だったから。
1789年の道路網の再現地図を見ると、破線表記で、その意味は開通および未完成(ouvertes et ébauchées)の表記になっている。
論文の方を読むと、詳しい解説が載っている。
x.com/DSSSM00/stat...
全然違うことを調べてたら、少し前にTwitterで話題にしてた18世紀末から19世紀初頭のヴィトリー=セザンヌ間の街道について、解答が載っていて笑ってしまった。あとで纏めるか。
それは、ぜひ知りたいです!
お待ちしております!!