展示物にはこの様に、歴代PlayStationの実機とその当時の一般家庭が使っている主流のテレビを置いたものがあり、画面にはその当時のPlayStationで盛り上がっていた話題のソフトなどが映されています。
ちなみにこの展示物、スタッフさん曰く「実際に触って動かせないの?」と聞く人も多かったんだとか(笑)
・初代プレイステーション(ブラウン管テレビ)
画面に映っているのはサルゲッチュ🐒
プレイステーションの歴史を語るには決して外せない伝説のハード。僕の実家にも実は初代PSが置いて持っていた事があり、記憶が正しければ僕が3~4歳頃まではこの初期型を持っており、故障によって後からスリムタイプのPSOneに切り替わった記憶がある。
初代PSはおそらく親が最も長く触れていたであろうPSハードであり、若い頃は共にゲーム好きだったということもあって、一緒にPSのゲームを楽しんでいたんだという。何のゲームをプレイしていたのかは定かではないが、RPGが好きとのことだったので、もしかしたら色んなRPGに触れていたのかもしれない。
僕にとってもまた初代PSは自分が人生と共に愛するようになったFINAL FANTASYシリーズとの出会いに結びついたとても重要なハードであり、特に初めてプレイステーションで出たFF7は世間にとっても衝撃的だったかもしれないが、僕にとっても衝撃そのものであり、人生で初めて「自分の手で触れて1人でクリアできたRPG」として記憶に染み込むように焼き付いている。
FFという存在に触れた原体験自体は実はスーパーファミコンのFF6で既に経験済みではあるのだが、自らの手で一からスタートして最後までクリアできたFFはFF7が本当に初めてだったので、そういう意味では言えば、初代PSは僕にとってもかけがえのない存在だった。
父は晩年、このハードでよく「タワードリーム2」をのめり込むかのように毎日遊んでおり、幼少期の僕はそれを横でずっと見ていたり、たまに興味が湧いてやらせてもらったり、時には弟や母と一緒に4人対戦したり…と、何だかんだで家族4人の時代で最も長く触れたハードもまた、この初代PSだった。
父が亡き後は所有権が僕に移り、ブックオフで買ってきたパッケージロゴだけ見て気になったマイナーゲーをプレイしたり、「かまいたちの夜」のPS移植版をプレイしたり、当時としては先進的過ぎたAIの機能を取り入れた難解育成ゲーの「頑張れ森川くん2号」をプレイしたり、超名作謎解きゲームMISTの後続作品である「リヴン」をプレイしたり(難し過ぎてクリアできなかった)、地球防衛軍で有名なD3パブリッシャーが出していた、シンプルシリーズをプレイしていたり…と、大手・中小、有名無名問わず最も色んなジャンルのゲームをプレイしていたんではないだろうか?🤔
あ、後はPS3やWiiの時代にMGS4に触れて、MGSシリーズにハマった事でMGS1やMGS1インテグラルをプレイしたりもした。
今でも特徴的で一部からは怖いとさえ言われていた初代PSの起動音と画面については、幼少期の僕自身、異空間に飛び込むかのような不思議な感覚を味わいはしたが、特に怖いとは思わなかった。
しかしそれよりも怖かったのは、傷ついたディスクを読み込んだ時の読み込み不良やエラーが発生した時のパープル色に染まったエラー画面であり、そっちの方が怖過ぎて小学生の僕が初めてそれを見た時、あまりにも怖すぎて泣き叫びながら母親を呼び付けていた事は今でもとてもよく覚えている(笑)
今思えば何の変哲もないただの紫の球体が浮かんでいるだけの画面なのだが、あれは今見てもちょっとゾクッとする。そういう意味でいえば初代PSは怖いってのはある意味では合ってるのかもしれない(笑)
PlayStationの中で最も家族との思い出が多いハードはこの初代プレイステーションだった🤟
・PlayStation2(ブラウン管テレビ)
映っているのはディスクが入ってない状態で起動した時に出てくるメニュー画面。(このメニュー画面も読み込み不良のディスクを読み込んだ時に出てくる赤い空間が怖過ぎると話題になっていた)
我が家では初期型PS2をかつて持っていて、その後白カラーのスリムタイプを所有していておそらく今も現役☝️
PS2はおそらく"弟が最も長く触れたPSハード"なんじゃないかという印象が個人的にはある。
理由として、この時代はサルゲッチュシリーズが全盛期の時代であり、サルゲッチュ2や3、ガチャメカを使った競技性の高い対戦ゲームであるスピンオフ作品の「サルバトーレ」や、そこから発展したミリタリー風のミッション攻略型アクションゲームの「ミリオンモンキーズ」…などなど、数々のサルゲッチュ関連の名作が次々と出ていた時期であり、そして弟は大のサルゲッチュシリーズ好きの人間であり、そのサルゲをプレイするためにPS2をよく起動しまくっていた。
もちろん僕もまたサルゲッチュは大好きなシリーズであり、特にサルバトーレやミリオンモンキーズはかなり中毒性の高いゲームとして時たま起動しては何時間も遊んでいる事がよくあった。弟と対戦なんかをしたりすると、大抵僕が圧勝しちゃったりするので、弟にキレられてよく機嫌を損ねさせてしまったのは今思えば悪い事をしたなと((
ちなみに親はこの時まではまだギリギリゲームを遊んでいたが、もう既にゲームからはフェードアウトしつつあった時期でもあり、自分や弟にゲームを買い与える事はあっても、親自身がゲームをプレイする事からは離れつつあった。
その後、親はWiiが出るまでは一切ゲームをやらなくなるのだが、その中でもとりわけ印象的だったのは母親がプレイしていたFF10だった。
これもまた僕は横目で見ていただけなのだが(FF10のCTBは子供には難し過ぎる)初代PSから比較して、目を見張るグラフィックの高さに心惹かれていた印象があった。
実際に本格的にプレイするようになるのは僕が成人後のSwitchで出たリマスター版になるのだが、当時のFF10のPS2版に封入されていた特典ディスクを再生した時に出てくる、メニュー画面で流れる祈りの歌が神秘的であり、同時にどこか不気味な雰囲気を感じさせる歌として、幼少期の僕にはものすごく印象に残り、記憶に焼き付く事になった。(余談だが、この特典ディスクに収録されていたキングダムハーツ2の予告映像を見たのが僕が人生で初めてキングダムハーツの事を知る瞬間だった)
親はその後PS2に触れる事はなくなり、所有権は当然僕と弟に移った。最も長く触れたのは弟だったが僕もそれなりに長い時間触れたし、色んなゲームで遊んだ。
PS1のゲームとの互換性もあった事を使ってPS1のゲームを遊ぶ事もよくあったし、僕がPS2で遊んだゲームとしてこれまたシンプルシリーズのゲームや、MGS2と3、当時ギブアップしてしまったものの、FF12も少しだけプレイしたりもした。
惜しむらくはPS2には"PS2でしかプレイできないゲーム"がPS3ほどではないものの、それなりに結構あり、スクエニ作品だけで言ってもダージュオブケロベロスFF7、アンリミテッド・サガや、ドラッグオンドラグーンシリーズ、正確にはスクエニ作品ではないが、当時スクウェアから離籍した高橋哲哉さんがナムコと手を組んで出したゼノサーガシリーズもあったり…と、名作なのに今は触れることすら叶わないゲームがそれなりにある。
未だに移植やリマスターが望まれてたりもするが、当時のゲーム内容が現代のコンプラに引っかかってそのままでは出せないパターンなどもあったりするし、システムが古過ぎて大幅なフルリメイクを求められる物が大抵だから、売れる見込みがないと移植すら難しいかもしれない。
だからこの時代の名作に触れる事ができた人はとてつもなく貴重なんだと思う。
ちなみにPS2は世間ではDVD再生機としての用途の需要が多くあって、当時は高かったDVDプレーヤーもPS2なら安く買えるという事で、ゲームをする人以外の人も買ったハードとして有名で、現在世界で最も売れたゲームハードとして世界ギネス記録にも認定されている。
うちはどうだったのかと言うと…もちろんDVD再生機としても使っていた(笑)
よくこれでTSUTAYAでレンタルしてきたDVDを再生してみる…なんて事もよくあった📀
いやぁ懐かしいな…語りたいことはまだまだあるんだけどそろそろ文字数が……
・PlayStation3(デジタルテレビ)
映ってる画面は…すみませんよく分かりません🙇♂️
この時代からのPlayStationはテレビの進化と共に解像度が向上し、美麗なグラフィックを主流としたゲームを出すようになり、まだ当時としては新しい技術だったHDMIを初めて搭載したゲーム機でもあった。
ただ様々な技術革新があった事は確かではあるものの、ハードとしては最も苦戦をしたPSとも言われており、実際歴代PSハードでは唯一生産終了するまでの間に世界累計販売台数1億台を達成できなかったハードだった。
(当時は任天堂が体験型コントローラーであるWiiリモコンを搭載したWiiによって体感型ゲームが爆発的に流行った時代であり、また日本での普及に力を入れていた当時のXbox360が躍進を遂げていた時代だった事もあって、ライバルハードの勢いに押されてたのは確かだったかもしれない)
この時代、テレビは地上波放送の電波帯域の切り替えとそれに伴うアナログ放送の終了によってデジタルテレビに切り替えなければならない時代だった。
当然その余波はうちにも降り掛かってくるわけで、その当時持っていたブラウン管テレビが使えなくなるから、テレビを買い換えなければならなかった。当時のうちはまだ父親が亡くなってからそんなに時が経っておらず、ひとり親で子供2人を育て上げなければならない状況である中で、とてもテレビを買い換える余裕などなかった。
そこで助けてくれたのが、当時はまだ縁と繋がりが残っていた東京の祖母だった。
祖母は3人家族となって大変な状況だったうちらのためにデジタルテレビを買ってくれた。機種はパナソニックのビエラで、性能自体はそんなに良いものではないかもしれないが、最低限デジタル放送を受信できて地上波放送も見れるし、アナログからデジタルに切り替わる頃に売ってたテレビは、レトロゲームには必須な三色端子とHDMIの接続部が両方搭載されており、今やコンバーターがなければまともにプレイする事が難しいレトロゲームを、中継器なしで直で三色端子を接続して遊べるというのは今となってはめちゃくちゃ貴重なのかもしれない。
ちなみに……実家にあるそのテレビ、2025年となった現在でも現役なんだとか(息長すぎでしょ……🙄)
PS3についてここまで半分近くを何故ゲームの話ではなく、我が家の思い出話として語っているのかと言うと、実はPS3でプレイしたゲームはたったの2本しかプレイしておらず、唯一プレイしたのは「FF13」と「MGS4」だけだった…
先述した通り、この当時の我が家は父の急死によってひとり親家庭になってしまった事で、経済面でも非常に厳しい状況となってしまっており、ハードはおろかソフトでさえ新作ソフトは年に1~2本しか買えないみたいなそんな状況だった。
そんな中でPS3(しかも最も高額な初期型)を買えたのはまさに奇跡のようなものであり、それ故売られる事になったのもすぐであり、その間にプレイできたゲームがたった2本だけというのも頷ける話だろう。
ただその2本こそが自分の中で最も象徴的であり、グラフィックの綺麗さで感動し、PlayStationというハードの良さをグラフィック面で突出した魅力を感じた初めてのハードだった。
FF13に初めて触れたのは中学の頃、起動して流れるオープニングムービーの美しさに惚れ込んだ自分は感動し、初めてゲームで涙を流した作品だった。(内容についてはもうほぼ忘れてしまったが)
MGS4はスマブラに参戦したゲストキャラであるスネークの存在に初めて触れた事で原作の事が気になり始め、当時持っていたPS3での最新作であるMGS4を買って始めており、それが僕にとって人生で初めてのMGSシリーズだった。
ステルスゲームというジャンルは時に人を選ぶ内容ではあるものの、僕はこれにどハマりし、4周も5周もするレベルでのめり込んだ。多分最も長く遊んだMGSは何か?って聞かれたら間違いなく圧倒的にMGS4だと言えるだろう。
しかし、やはり最も惜しむらくは買ってすぐに手放してしまう事になってしまった事だろう。
当時はまだ経済力も無い子供だったし、親が買っている以上ハードをどうするのかの権限は親にあるので、家庭の経済事情で手放さざるを得ない以上、納得するしか術はなかった。
だが今思えば相当にもったいないことをしたなと思った。FF13はあの後シリーズ三部作として13-2やLRFF13も出してたりするし、PS4以降ではプレイできないゲームアーカイブスも唯一プレイ出来るハードだったから手放すなんて事しなきゃ良かったよなぁ…なんて思っても仕方ないんだけどね(笑)
まぁでもそういう意味で言えばPS3もかなり印象的で思い出深いハードでもあったなぁ…(しみじみ)
1994年の初代プレイステーションの発売から全てが始まったPlayStationの歴史。それを語るには決して外せない歴代ハードと、それに合わせたテレビの進化の歴史を物理的な実機を置く事でノスタルジーに感じさせてくれました☺️
PS1~PS2までの当時、テレビはまだブラウン管が主流の時代で、それでもグラフィックの進化は如実に感じていたかと思います。
PS3の時代になると地上波放送のデジタル化によってブラウン管テレビがデジタルテレビに移り変わり、ここから初めてHDMIが登場しました。
(ALTにハード毎の当時の思い出を書き残します💭)
#PlayInGinza #GinzaSonyPark